THE ABBEY GRANGE 第15話 修道院屋敷

 監督: ピーター・ハモンド director...Peter Hammond

 脚色: トレヴァー・ボウエン dramatized...Trevor Bowen

 ゲスト: アン・ルイーズ・ランバート(レディ・メアリ・ブラッケンストール) Anne Louise Lambert as Lady Mary Brackenstall

      オリヴァー・トビアス(クロッカー船長) Oliver Tobias as Captain Crocker

      ズーレマ・ディーン(テレサ・ライト) Zulema Dene as Theresa Wrihgt

      ポール・ウィリアムソン(ホプキンス警部) Paul Williamson as Inspector Hopkins

 ケント州の裕福な貴族、サー・ユーステス・ブラッケンストールが屋敷で撲殺された。傍らで縛られていた夫人の証言で、3人組の強盗の仕業と思われたが、ホプキンス警部の要請で現場を調べたホームズは、強盗が飲み残したというワインのグラスに不審を抱く。美しい夫人は、果たして真実を語っているのか?被害者ブラッケンストールの恐るべき素顔とは?

 冒頭、ホプキンス警部からの知らせを受けたホームズがワトスンを起こすところから、ケントへ向かう列車の中での二人の会話の場面まで、正典通りなのですが、NHK版ではざっくりカット。ホームズに起こされたんだけどまた寝ちゃいそうになるワトスン、そうと気づいて「着替えろ」とまたドアを開けて声をかけるホームズ、というグラナダ版のアレンジが微笑ましくて好きなので、例によって不満。(ところで、「まだらの紐」の冒頭にあった同じような場面と、ワトスンの寝室の雰囲気が違うような気がしたんだが。)列車の中での、ワトスンの著作を批判するホームズに「自分で書けば?」と素っ気無く言うワトスン、「書くよ、晩年に」と言い返すホームズのやり取りも、有名な場面だし、二人の言い合いが楽しいので、切らないで欲しかった。ちなみに、実際にホームズが自ら筆を執った「白面の兵士」と「ライオンのたてがみ」、人のことをあれこれ文句つけてた割には大したことはない、というのが専らの評判ですね。いや、私もそう思うけど。

 あと、船会社での場面、係のヴィヴィアーニ氏が船長がいかに素晴らしい人柄か語るのを、ホームズが物思わしげに聞いているところも切られてましたが、この場面に続く「真相を暴いてしまったばかりにかえって事態を悪くしてしまった」という述懐につながる、大事な場面ではないかと思いますし、話を聞き終わって、チェスの駒をいじりながら正面を向いたジェレミーの顔が実に端正だったので、カットは残念。

 今回のエピソードは、概ね正典通りのストーリー展開になっていますが、ブラッケンストールが夫人にひどい暴力を振るっていた、という事実が、正典よりも、徐々に明らかにされていっている、という点が、まず目に付く改編です。正典では、ブラッケンストールがひどい酒乱で、夫人をひどい目に遭わせていたか、夫人もテレサも、ホプキンス警部までも、最初の段階でべらべらしゃべってます。この段階で虐待が明るみに出ると、簡単に夫人に疑惑の目がいってしまうので、ミステリーの手法としては余りうまくないでしょう。虐待の事実について、ある程度はにおわせながらも、肝心の夫人とテレサは口を閉ざしている、とした方が意味深で、ミステリアス感が出ますよね。あくまで物盗りの仕業に見せかけたいなら、被害者の生前の所業についても伏せておこうとするのが自然でしょう。

 それに、ドラマの節度ある夫人の態度を見てしまうと、いきなり感情的に何もかもぶちまけてしまう正典は、少々慎みに欠けるような印象を受けてしまいますしね。恐らく、グラナダ版では、あくまでメアリ・ブラッケンストールという女性を、身も心も美しい女性として描くことによって、彼女を虐待する夫の非道さ、これを救おうとして殺人を犯してしまう船長とこれを見逃すホームズの正当性を明確にしようとする意図があったと思われます。エッセイにも書きましたが、とにかく、夫人を演じたアン・ルイーズ・ランバートの美しさといったら、まさに天使、でしたね〜。燭台を持ちながら、片手で髪を解くシーンは、同性の私でもくらっと来ました。(笑)夫にひどい言葉で罵られた(ヨーロッパでは、女性を侮辱すること自体、紳士としてあるまじきことと考えられてますので、これだけもいかにブラッケンストールがひどい男かわかるようになっているのでしょう。)時、船長よりも先に夫に立ち向かっていったところは、凄いと思いました。普通ならただ泣いちゃうだけでしょう。かっこいいなあ。吹き替えの香野百合子氏の声も素敵でしたが、ご本人の声は、まさしく銀の鈴をふるような声で、美しかったですね。

 グラナダ版では、ワインのグラスに不審を抱いたホームズが、屋敷に引き返して、敷地から破壊されたペットの墓を見つけたことによって、被害者の残虐な一面を明らかにし、夫人の腕の傷に言及して、彼女が虐待されていたであろうと推測します。更に、暴力の実態が明らかにされるのは、クロッカー船長の告白を待つことになります。

 また、夫人と船長の場面、船上での思い出や事件当夜の二人のやり取りを、より丁寧に描くことによって、全体的にロマンチックな雰囲気に作ってますね。メアリと過ごしたダンス・パーティの翌朝、クロッカーがパーティ会場でもの想いに耽ってる場面がちょっと切なくていい感じだし(正典の「彼女が歩いた甲板にキスした」ってのはちょっと引いちゃう(笑))、事件当夜の二人のやり取りは、互いに愛し合いながらも、それが叶わぬ恋であるために、相手を思いやって節度ある振舞をしているのが、逆に想いの深さを伝えて切ないですね。「レディ・メアリ・ブラッケンストールのテーマ」(爆)みたいな音楽も、ロマンチックで素敵でしたし、船長の吹き替えの野沢那智氏の声は、全くもってロマンス向き。さすがフェルゼン(爆)。(アラン・ドロンって言え)

 最後に、夫人がベーカー街に来るのは正典ではなかった件りですが、「僕の判決が正しかったと証明して下さい」というホームズの言葉に祝福されて、二人が旅立つ、というハッピーエンドで、ロマンスをしめたかったからでしょう。夫人がワトスンに、最初、夫の酒癖について語った話は自分の父のことだった、と告白するところはNHK版ではカットされていましたが、夫人の人間性を更に深めていて、よかったと思います。ってゆーか、お父さん、「何のためにイギリスにやったんじゃ」って思うのでわ。自分の酒癖から娘を守るために手放したのに、もっと酒癖の悪い男と結婚するなんて。

 今回、冒頭叩き起こされる場面から始まって、何となくワトスンはいじめられキャラがちでしたが。「カーペットを調べてくれ」「何を?」「ロウソクのロウだよ」とか、途中で引き返す時、ホームズてば、自分が降りる時に、居眠りしているワトスンを起こせばいいのに、降りてから窓越し、だし。夫人の犬を殺したのを「強盗の一味の一人かい?」ってまだ言ってたり、列車が近づいているのは駅員を見れば私でもわかるわい、だったのに「音が聞こえたの?」なんて言ってたりして、ちょっと鈍チン気味でもありましたが、ブラッケンストールの遺体を検死するところは、かっこよかったです。ワトスンに法医学の心得がある、というのは正典にはない設定なので、グラナダ版ならではの「かっこいいワトスン」ですよねっ。

 正典では、容疑のかかったランドール一味はアメリカで逮捕されて事件とは無関係であることが証明されちゃってましたが、グラナダ版はそこはカットして、結局警察は見当違いの方を追っかけ続けて、真相にはたどり着けないだろう、ということにしています。その方が無難かも。

 正典でもそうですが、夫人付きの召使テレサの存在は印象深いですね。正典では事件の筋書きは彼女が一人で考えたことになっていて、相当な切れる女性であることがわかりますし、グラナダ版では、ブラッケンストールと船長がもみ合っているすぐ横を、倒れているメアリお嬢さまに向かって猛然と駆け寄ったり、気つけのワインを断ったり、恐ろしくタフな女性であることもわかります。正典では、メアリを侮辱したブラッケンストールに反抗してワインの瓶を投げつけられた、という話もありましたし。殴られたメアリを抱きしめる仕草は、主人への忠誠というよりもまさしく母の愛、ですね。

 ラスト、暖炉の前で、部屋着姿で安楽椅子にくつろぐホームズとワトスンの場面が、今回の一番のお気に入りです。

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