雪華

その日、都をその冬初めての大雪が見舞った。

昼過ぎから雨が雪に変わり、夕暮れ時には本降りとなった。

夜も更け、少女は夜具の上に横たわりながら、雪の降り積もるしんしんとした音に耳を傾けていた。

少女は、年が明ければ数えで十三となる。

裳着の式を行い、大人の仲間入りをするのだ、と祖母が言っていた。

うとうとしていると、雪の音に混じって何やら声が聞こえてきた。

少女は床の上に起き上がって耳を澄ませた。

周りを見ると、祖母も、叔母も、女房たちも、ぐっすりと寝入っているようだ。

声は歌うような響きで少女を呼んでいるように思えた。

少女は単を羽織り、灯火台の火を手燭に移して、そっと廂に出た。

声は庭の方からするようだ。

庭に面した妻戸に回り、そっと押し開いた。ひんやりとした冷気が体を包む。

庭は、降り積もった雪で闇の中でもぼんやりと白い。

―明日は雪遊びが出来る。

そんなことを考えながら手燭をかざすと、なおも降りしきる雪の中に白い衣を纏った女が一人立っているのが見えた。

女はそっと少女に手招きした。

少女は招かれるままに、雪がうっすらと積もった簀子の上に素足で立った。何故か冷たくは感じなかった。

「娘や、わたくしがわかりますか?」

女は澄んだ滑らかな声で言った。

初めて見る顔であった。

しかし、少女にはわかった。

「お母さま・・・」

女はうっすらと微笑み、うなずいた。

「おまえのことはお父さまにお任せするつもりであったのですが、どうにも寂しくて、こうして会いに来てしまいました。さあ、こちらへ」

女の声は優しかった。にも関わらず、少女は抗えなかった。いつの間にか手燭の火は消えていたが、何故か母の姿は闇の中にはっきりと見ることができた。

少女は手燭を簀子の上に置き、庭に下り立った。

深く積もった雪に足を取られるかと思ったが、不思議なことに、少女の足は雪に沈むことなく、そのまま滑るように雪の表を歩いてゆける。

女は、歩み寄ってきた少女の体を腕に抱いた。

「こうして抱いていしまうと、もうおまえを手放すことは出来ませぬ。さあ、母と共に丹後へ参りましょう。」

そう言い終えるか終えぬかのうちに、二人の周りの雪が不意に渦巻いて、二人の姿を覆い隠した。

ごうという音がした後、雪はまた穏やかに降り積もり始めたが、少女の姿も、白い衣の女の姿も、どこにも見えなかった。



続く


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