保憲の声が聞こえなくなったので、目を開くと、目の前に一つ目の鬼がいた。
「−!」
あやうく叫びそうになった博雅は、己が口を押さえた。御霊社にたどり着くまでは決して声を出してはならぬ、と保憲からきつく戒められている。
鬼は、博雅などそこにいないかのようにすっと脇を通り過ぎた。
護符の呪力で、博雅の姿は見えぬらしい。
が、ほっとしたのも束の間、一つ目の鬼の後ろを三つ目の鬼、さらに首が三つある鬼、逆立ちして歩く鬼、さまざまな鬼があとからあとからやって来る。
−何が起こっておるのだ?
そこは、まさに鬼どもの通り道であった。
数え切れぬほどの鬼が、口々に不気味な歌を歌いながら、一つの方角からまっすぐに歩いてくる。
辺りは薄闇であったが、鬼どものが歩いてきた方角には赤々とした光がたゆたっていた。
鬼門の方角である。
−晴明・・・!
博雅は、保憲に手渡された呪のかかった守り刀を握り締め、そちらへ向かって歩き始めた。
* * *
どれほど歩いたであろうか。
−ここは宴の松原の辺りか?
見慣れたはずの内裏の光景だが、辺りはすれちがってゆく鬼のざわめきに満ち、全てが陰鬱な影に 沈んでいる。
すれちがう鬼どもも、だんだん鼻が効いてくるのか、博雅のそばを通ると、
「人のにおいがするぞ」
などと言い立てるようになり、生きた心地がしない。
それでも、博雅の足取りは、迷いなく前に進んでゆく。晴明を救うことしか、頭にないのである。
突然、後ろから肩をつかまれた。
「−!」
何とか声を出さずに振り返ると、ギラギラした目玉がほとんど飛び出し、しゃれこうべに土気色の 皮を貼り付けたかのような姿の鬼が、人差し指の爪だけが異様に長く、刃物のように鋭くなっている手で、博雅の肩をつかんでいる。
目が合うと、顔全体が奇妙な形にゆがんだ。笑っているらしい。
「人の分際で小ざかしいことを。こんなもので姿が隠せると思うてか。」
そして、あいた方の手で博雅の腰の護符をつかみ、紐を引きちぎった。
途端、周囲の影がざわざわとうごめきはじめた。
−人じゃ
−人がおるぞ
−喰ろうてしまえ
−わしにも喰わせろ
−わしにも
−わしにも
博雅はとっさに肩をつかんでいる鬼を思い切り突き飛ばした。そして身を翻して駆け出そうとする。
「どこへゆくのじゃ」
鬼はいつのまにか博雅の前に来ている。
博雅は短刀を抜いた。
しかし、鬼は長い爪でこれを払い落とし、さらに爪を振り上げて斬りつけてきた。
後ろに飛び下がって避けようとしたが、間に合わず、鬼の爪は博雅の胸を斜めに切り裂いた。
「ぐはっ」
衣が裂け、鮮血が飛ぶ。
博雅は体を折り、膝から崩れ落ちて地面に倒れ付した。
痛みと出血ですうっと気が遠くなってゆく。
霞んだ目に、気味の悪い笑みを浮かべ、止めを刺すべく爪を振り上げる鬼の姿が映った。
「晴明−!」
祈るようにつぶやき、目を伏せた。
その刹那。
青い輝きが一閃したかと思うと、爪を振り下ろそうとした鬼の首がぱっと飛んだ。
首を失った胴体は、腕を振り上げた格好のまま、どうと倒れる。
食事にありつこうと群がっていた鬼どもは、あわてふためき、右往左往した。
「控えよ!」
凛とした声が響いた。
「このお方はうぬらが如き下等な雑鬼風情が手にかけられるようなお方ではない!疾く去ね!」
その言葉が終わるのを待たず、雑鬼どもは蜘蛛の子を散らしたように、いなくなってしまった。
「博雅どの」
呼びかけられて、博雅は目を開いた。
美しい浅葱色の狩衣をまとった若い男が覗き込んでいた。右手には青く光る太刀を握っている。
透き通るように色の白い、この世のものとは思えぬほど美しい顔である。
−どこかで見たような。
そんなことを考えながら、博雅の意識は遠のいていった。
B級伝奇アクション全開ですね。(-_-;)サツバツとしてて、申し訳ありませぬ〜。
この辺りの下書きは、ちょうど「ロード・オブ・ザ・リング」を見た頃に書いたんですが、その影響が結構ありありだわ。(^_^;)(刀が青く光るとか。雑鬼はオークか?)