晴明は、薄暗い中をどこまでも落ちていった。
しばらく落ち続けてから、ようやくやわらかく着地するような感覚があった。
見回すと、遠くの方にほんのりと灯りがともっている。
近寄ってみると、それはあふれんばかりに花を咲かせた辛夷の木であった。真っ白な花々が今を盛りに先開き、柔らかな白い輝きを放っている。
何とも、清らかで心打つ眺めであった。
その木の下に、博雅が座り込んでいた。
膝の上には、女の童が一人、丸くなって眠っていた。
博雅は、すぐに晴明に気づいた。
「晴明!」
ほっとしたような顔だ。
「会えてよかった。これを一体どうしたものかと困っておったのだ。」
「ふうん」
晴明が面白そうに博雅の膝の女の童を眺めた。尼そぎにした黒髪がつややかで、何とも愛らしい童である。
「その女の童は?」
「おれの子ではないぞ。」
「そんなことはわかっておる。」
「実はな」
博雅はぎこちない手つきで、童の頬にかかる髪をかき上げてやりながら、
「不思議な話なのだが、おれがここで出会ったのは、それは美しい女人であったのだ。その方はとてもお寂しい様子で」
ちょっと赤くなって口ごもる。誘われたとは恥ずかしくて言えぬらしい。
「お気の毒であったので、笛を吹いてさし上げたのだよ。そうしたら、その方は見る見るうちに若返られて、遂にはこのようにいたいけな童になってしまったのだ。」
「ほう」
「そのうちに寝入ってしまわれたので、このようにしておったのだが、そもそもおれはここで道に迷っていたのであって、これからどうしたものかと、途方にくれておったのだ。」
それから、晴明に明るい笑顔を向けた。
「そうしたら、おまえが来てくれたのだよ。」
晴明は、軽く息をつき、うなずいた。
「おまえは確かにその方をお救いしたのだよ。」
「そうなのか?」
博雅は首をかしげた。
「こちらへ」
晴明は女の童を己れの腕に抱きとった。
その瞬間、童の姿は消え、代わりに一匹の愛らしい狐の子が晴明の腕の中で丸くなっていた。
「なんと―!」
博雅は息を呑んだ。
「その方は、狐であったのか。」
何か思い出しそうな顔になる。晴明は、その様子をやさしい目つきで見ていたが、
「おまえを屋敷に帰さんとな。」
「屋敷へ?」
博雅は不思議そうにまばたきをしたが、
「目を閉じよ。」
言われるままに目を伏せた。晴明はその瞼の上に指をかざし、
「おれが名を呼んだら、目を開けてもよいぞ。」
「うん」
博雅は素直にうなずいた。
ここでやっとタイトルの登場です。
山蘭というのは、辛夷の花の別名です。早春の花なので、何とも季節はずれなお話になってしまいました。(^^;)
ところで、B級伝奇アクションはどこへ・・・。