WISTERIA LODGE 第23話 ウィステリア荘

 監督: ピーター・ハモンド director...Peter Hammond

 脚色: ジェレミー・ポール dramatized...Jeremy Paul

 ゲスト: フレディ・ジョーンズ(ベインズ警部) Freddie Jones as Inspector Baynes

      ドナルド・チャーチル(スコット・エクルズ) Donald Churchill as Scot Eccles

      キカ・マーカム(ミス・バーネット) Kika Markham as Miss Burnet

 模範的英国紳士であるエクルズ氏が出くわした「怪奇な」出来事。客として招かれ、宿泊した屋敷が、目覚めるともぬけの殻になっていたのである。そして、まもなく屋敷の主人ガルシアが他殺体となって発見されたことがわかる。姿を消した使用人たちの犯行なのか?事件は思わぬ展開へ・・・。

 このエピソード、NHK版で見ていた時には、冒頭の、ワトスンのナレーションの背後に流れる映像が全くワケ分からなかったのですが、完全版で見て、こんなに切り刻まれてたら、そりゃワケも分からなくなるわな、と納得しました。(-_-;)まあ、ストーリーには直接影響しないけどね。

 一人の市井の人物が体験した奇妙な出来事が、中米某国の独裁者をめぐる血なまぐさい事件にまで発展してゆく、というプロットは、ほとんど正典のままですが、ストーリーの展開に結構変更がありますね。正典では、ガルシアの死は、エクルズ氏の後に、ヤードのグレグスン警部と共に訪ねてくるベインズによってベーカー街で告げられてますし、高破風(ハイゲーブル)荘でヘンダスンに会う顛末もホームズがワトスンに語る、という形になってますし、更に連れ去られるバーネット嬢を救出するのは、ホームズの配下になっていたウォーナーという人物になっています。

 グラナダ版では、ホームズたちがベインズ警部に最初に会うのは、エクルズ氏に案内されたウィステリア荘で。(グレグスンは登場しません)その際、ムラート(南米の先住民とアフリカ系の混血)の男を目撃するのは、正典では屋敷に待機していた警官で、男の面構えに怯えてしまって取り逃がす、という何とも情けない按配でしたが、グラナダ版ではワトスンが目撃して、果敢に追跡したものの、振り切られてしまう(そう言えば、ワトスンが左足を心持引きずって走る場面もありましたねん)。この辺りの展開は、グラナダ版の方が明らかに、映像的にスピーディになるし、サスペンスとしても盛り上がりますよね。

 ワトスンも高破風荘を調べに行き、そこでホームズと合流して二人でヘンダスンに会う、という変更も、同じ理由でしょう。ワトスンの出番を増やそう、という意図もあったかも。女の子二人にじゃれつかれるテッドさん、ハマリ過ぎ。(^^)クライマックス、列車から飛び降りようとするバーネット嬢を救い出すのはワトスン、という変更は、これはもう当然って感じ。正典のままでは、一番の見せ場を名もないチョイ役に振ってしまうことになりますからね。でも、バーネット嬢ことデュラント夫人は、ワトスンのことを恩人だと思ってましたね、確実に。(^^)最初に監禁されていた部屋の窓から助けを求めた相手もワトスンだし。「おかげで助かりました」と感謝を述べている時、明らかにワトスンの顔を見てましたしね。くす。「私は法を信じる云々」の台詞は、正典ではベインズの台詞なのにワトスンの台詞になっているのは、正典では終始一貫して傍観者だったワトスンの見せ場を、ドラマのスタッフが少しでも増やしたかったのかもしれませんね。犯罪の現場の専門家である警部が言ったことにした方が自然な内容ではありましたけど。

 それから、もう一つ、大きな変更点としては、ブードゥーの儀式に関する件りがカットされていたこと。正典では、ムラートや中米の土俗の風習に対する差別的な表現がかなり目についたので、その辺りは全てカットしたのでしょう。ストーリー上必要な部分とは言えませんしね。ドイルは、アジアよりも、ラテン・アメリカに対する偏見が強いような。その代わり、ムラートの男がウィステリア荘に何度か戻った理由として、ガルシアの3丁の銃の存在を新たに設定していますね。美しく装飾された古風な銃は、生贄の鶏の死体などよりも、ずっとエキゾチックな雰囲気を高めていたと思います。ガルシアと二人の同志が、銃の上で手を重ねて、スペイン語で「一人は皆のために、皆は一人のために」と言う場面、執事の男が密かにウィステリア荘に銃を取りに来る場面、ラスト、2丁の銃がムリロとルーカスとを狙う場面、いずれも、暴虐な王に対する復讐、という古典的な主題と、バックに流れるラテン風の哀愁を帯びたギターの音色によく合っていて、ぞくぞくするほどかっこよかった。

 ちなみに、正典ではムリロとルーカスが殺されるのは事件から六ヵ月後、マドリッドで、となっていましたが、グラナダ版では、二人が乗り込んでいた列車に、実はガルシアの二人の同志も乗り込んでいて、列車内で復讐が成し遂げられたことになっています。怒りを込めて、ムリロたちの乗る客車の窓ガラスをステッキで叩いた直後(公共の物を壊してはいけません)、後の客車に乗る二人の復讐者を見とめて、ふっと満足そうな顔になるホームズが、かっこよかったです。

 今回、グラナダ版での終始一貫した姿勢として感じられたのは、ホームズVSベインズという構図を物語の根幹に置いていることですね。ベインズ警部と言えば、全シリーズ中、ただ一人、ホームズと対等に渡り合った警察関係者。ホームズの助けを借りずに、真犯人にたどり着いて、非凡な才能を示します。個人的には非常に興味深い人物なのですが、世のシャーロキアンの皆さまは、ホームズが警察をけしょんけしょんにやっつけるのが好きなのか、割と黙殺されがちだとか。そういう優れた人材が、片田舎に飛ばされていること自体、警察組織に対する今も昔も変わらぬ批判となっているのではないかと思うのですけどね。

 その点、グラナダ版では、正当に彼を扱い、終始一貫してホームズとベインズの対決として描いているように思えます。二人が出会うのが、事件の現場であるウィステリア荘に変更され、付き添いのグレグスンが省略されたのは、ホームズとベインズの1対1のサシの勝負が始まることを強調するためでは。ホームズは、ベインズの能力を見抜くと、正典の記述から受ける印象以上にライバル意識ムキ出しになった気がします。(お子ちゃま・・・)

 でも、最後にはベインズの成果を素直に褒め称えましたね。自分と同レベルの人間に出会えて、むしろ嬉しいのかな、というような表情のホームズでした。

 ベインズ警部も、見た目はそれほど切れるという感じがしない、妙に当たりがソフトでとらえどころのないところが、正典のイメージと合っていてハマっていました。警部役のフレディ・ジョーンズは、「サセックスの吸血鬼」にも出演しています。

 ただ、ドラマでガルシアがエクルズ氏を招待した理由についての言及がなかったのは、ちょっとどうかな、という感じ。物語の重要な導入になる出来事なのに、いつの間にか忘れちゃった、って感じで、構成上問題があるように見えてしまいます。ガルシアがアリバイ作りに利用しようとしていた、というのを、ちょっことでも説明があればよかった。

 独裁者ムリロの描写が、ホームズとワトスンが訪ねた時には、玉座のような椅子に座っていたり、デュラント夫人を尋問する場面で勲章をわんさかつけた豪華な軍服を着ていたり、七色の照明が使われてたり、となかなか俗悪な感じでよかったです。

 あと、鏡を使った演出がやたら目立ったのですが、ちょっと多用し過ぎかな、という印象。ムリロの姿がマジックミラーに歪んで映るのは、いかにも、て感じで悪くなかったですし、警察署の前のガス灯のガラスの部分に、ムラートの男に親指を噛みつかれて大怪我をしたダウニング巡査を、ベインズ警部が気遣う様子が映っているのは、さりげなく警部の人柄を表していて、気が利いている感じでしたけど。

 字幕版で気になったのは、スペイン語の台詞に全く字幕がつけられていなかったこと。吹き替え版では、ちゃんとスペイン語にも日本語が当てられてたのに。NHK版ではカットされた、監禁されたデュラント夫人が食堂に連れてこられて食事を与えられる場面での少女たちの台詞の内容がわからずじまい。ストーリーには影響のない部分ではありますが、いかにも誠意の感じられない仕事ぶりですよね。

 個人的に、案外気になっちゃうのが、ムリロの娘たちはどうなっちゃったのかしら、ということ。独裁者の娘だから国でも歓迎されないだろうし。子どもには罪はないのになあ。

 ホームズが「ワトスンも話のとりとめがない」と言った時に、ワトスンが「何でや」って顔をしたところがよかったです。くす。ところで、ワトスンって、武器マニア?(ガルシアの銃、いじってたけど)

INDEX  放映リストへ