THE DEVIL`S FOOT 第21話 悪魔の足

 監督: ケン・ハナム director...Ken Hannam

 脚色: ゲーリー・ホプキンス dramatized...Gary Hopkins

 ゲスト: デニス・クイリー(レオン・スタンデール) Denis Quilley as Leon Sterndale

      ダミエン・トーマス(モーティマー・トレゲニス) Damien Thomas as Mortimer Tregennis

 静養のため、コーンウォール地方に滞在していたホームズは、同じ部屋にいた三人の人間が正体不明の恐怖に襲われ、一人は狂死、残る二人も発狂する、という奇怪な事件に遭遇した。教区の牧師に依頼されたホームズは、付き添うワトスンの反対を押し切って捜査に乗り出す。その矢先、第二の犠牲者が・・・。

 コーンウォール地方の陰鬱な自然を背景に、全編を通して怪奇な雰囲気に包まれたエピソード。初めてオンエアで見た時は、特に最初の事件の三人の犠牲者の描写の奇怪さが強烈で、「ホームズものらしくない」とひどく違和感を感じたのを覚えています。

 ただ、このエピソードでのワトスンのスタンスが、正典ともまた違った感じで、非常によいのですよね。いつもの、ホームズと肩を並べて冒険に向かう、というのとは違い、少し下がった位置から、心配そうにホームズの背中を見守っている、といった感じ。そして、必要とあれば、即座に助けの手をさしのべる(ランプの実験の場面はもちろん、被害者を病院に運ぶ馬車が通り過ぎた時に、ワトスンが警告を発するところなどは、これを象徴的に表していると思います。正典には、ワトスンが警告する件りはありません。)、相棒、親友と言うより、「妻」あるいは「母」のような存在。

 ホームズの肩に毛布をかけたり、水を汲んだり、といつもに増して、甲斐甲斐しく世話を焼いていたり、かなり後まで、ホームズが事件の捜査をすることに反対していたり(しまいには「好きなんだから」と諦めますけど(笑))といった辺りも、「世話女房」なハードウィック・ワトスンの本領発揮って感じですね。(笑)モーティマーが死んだことを知らせに来た牧師がすっかり取り乱しているので、思わず「ワトスン!」と呼んじゃうホームズがよかった。ホームズもまた、精神的にワトスンに大きく依存している様子がいつもよりもよく表れていましたね。

 こういった二人の関係が一番はっきり出ていたのは、言うまでもなく、ランプの実験の場面。正典では、ホームズが苦しんでいるのを見て正気づいたワトスンが、彼を抱えて外に飛び出して助かる、ホームズの方が先にワトスンに謝り、ワトスンも「きみに力を貸すのは、ぼくの最大の喜びで、また特権なのだ」(創元推理文庫p.249)と暖かく返す、という、これはこれでなかなかに素敵な場面になっているのですが、あくまで二人の立場は対等です。

 しかし、グラナダ版では、視点がワトスンからホームズに移されていて、ホームズの恐怖、錯乱を強調して描写、この恐怖からホームズを救うのはワトスンであることが、「ホームズ!ホームズ!」という彼の呼びかけによって示されます。ワトスンは、正典とは違い、「こんな危険な実験をやるなんて、どうかしてる!」とホームズを厳しく叱責、そしてホームズは、有名な「ジョン!」のひと声を発し、ワトスンにすがりついて「許してくれ」と謝るのです。(ちなみに吹き替え版ではうめいているだけ)

 改めて解説の必要はないかもしれませんが、この時代、家族や恋人同士でない限り、ちゃんとした身分の紳士淑女がファースト・ネームで呼び合う、というのは考えられなかったこと。ホームズをシャーロックと呼ぶのは兄のマイクロフトだけですし、ワトスンをジョンと呼ぶのは妻のメアリだけ(間違えたけど(爆))なわけです。

 それを、ここでホームズに「ジョン」と呼ばせた(ジェレミーのアイデアだとか)のは、少なくともこの場面では、「母」的存在のワトスンにホームズが強く依存していることを表現しようとしているからなのではないでしょうか。(ホームズの幻想の中に登場する写真は、ジェレミーの子どもの頃の写真だそうで)正典では、二人は並んで倒れていますが、ドラマでは、ワトスンがホームズを寝かせている、といった体勢になっていることが、二人の関係の違いをはっきり示しているでしょう。「許してくれ」とすがりつかれて、何とも切ない顔になるワトスンが、よかった。

 このシーンは、今回のエピソードのクライマックス。本当の山場は、この次のスタンデール博士との対決なんでしょうけど、すっかりオマケぽい感じになってしまいました。(爆爆)いえ、愛する人があのようにむごい死に方をし、怒り、悲しむ博士の心情が切々と伝わってきて、よかったんですよ。指輪を大事そうに両手で持って見つめている博士の姿が切なかったし、「彼女は待ってくれました。待った挙句がこれだ」と言うところが本当に悲しかったです、が、やっぱ、ランプの実験のインパクトが大きすぎでした。(笑笑)

 今回、NHK版は、冒頭部分をばっさりカット。ホームズがコーンウォールに静養に来ることになったいきさつと、彼が遺跡の調査などをしながら過ごしたことを、全てワトスンのナレーションで済ませちゃってます。正典の表現を使っているのが、せめてもの良識でしょうか。ホームズがコカインを使用したのをワトスンに見咎められた場面(例によってハイテンションなホームズ・・・)や、瞑想の末、薬と縁を切ることを決意した場面は、いつものカットの対象ですが、馬車に揺られてコーンウォールにやってきたホームズがもこもこに着膨れて「時間のムダだ」とむくれてるところが可愛くてよかったし、「死」についてホームズとワトスンが言葉を交わす場面(この後、ホームズはコカインを捨て、注射器を砂に埋めます)は、まさに屈指の名場面に入ると思うので、出来れば残して欲しかった。

 ただ、後の場面はほとんどカットなし。ホームズの幻覚の中で、顔から血が吹き出すところが削られているくらいかな。

 上で述べた、ワトスンのスタンスの違いを除けば、正典にほぼ忠実な展開。燃焼や気化によって毒性を発する薬物を使用したトリックは、ある程度の知識があれば、現代でも使えそうですね。余り聞いたことはないですけど。

 一見同じ犯人による同じ手口の犯行と見えた二つ(以上)の事件が、実は別々の犯人のものだった、というのは、現代でもよくあるネタですよね。

 細かい異同を幾つか挙げると、正典では、三人の中でブレンダだけが死亡した理由を「女性は器官が敏感だから」としてましたが、どうも、あんまり根拠がわからないので、ドラマでは、炉のすぐ傍に座っていたから、と変更されてます。この方が全然説得力がありますね。ただ、裾の長いドレスを着ている当時の女性は、なるべく火の傍には寄らないようにしていたんじゃないかなあ、とは思いますけど。(『若草物語』でジョーがドレスの焼け焦げを気にする場面がありますよね)

 それから、正典のホームズは、スタンデール博士の犯行の動機がブレンダであることに気づいていなかったように描かれていますが、ドラマでは、ブレンダの遺体が身につけていた変わった形の指輪を見つけて、スタンデールと恋愛関係にあることを推察しているようになっています。多分、あの指輪のデザインがアフリカのもので、それが博士と結びついた、ということになるのでしょう。ちょっと画面からはわからなかったですが。

 自らの犯行を暴かれ、逆上した博士の目の前に、ホームズが指輪を差し出す場面は、ちょっと切なくてよかった。正典では、博士が辛うじて自制するようになっていましたが、映像的にはこちらの方が絵になりますね。でも、遺体から取ってきちゃったんかい、指輪。博士が大事に持っていくからいいのかな?

 モーティマーが、正典では小柄で眼鏡をかけた、神経質そうな容貌とされているのに、ドラマで演じたダミエン・トーマスは、結構ハンサム。発狂した二人のお兄さんの方がむしろ感じが悪く、兄弟間の確執が、モーティマーが一方的に悪いわけではなく、お互いの感情が複雑にこじれた挙句の悲劇であったことを示そうとしたのではないかと思われます。被害者の様子を見たモーティマーの動揺は演技ではないでしょう。自分のしたことの結果の余りのむごたらしさに明らかにショックを受けています。ただ一人、優しくしてくれたはずの妹を巻き込み、犠牲にしたことこそが責められるべき点であるのです。

 ただ、ポーター夫人はモーティマーに対して冷たい態度をとっていましたね。もしかしたら、彼を疑っていたのかもしれません。このエピソードの場合、むしろ早いうちに彼を怪しく見せた方が、展開上都合がいいので、(炉に火を入れたことに苦しい言い訳をして、ワトスンに嘘と見破られたり)そういう演出なのかも。そして、すぐに彼は第二の事件の被害者となり、事件はますます混迷する、というわけで。

 ジェレミーは、前回の「六つのナポレオン」でホームズ役を降りるつもりだったので、髪をばっさり切ってしまってます。まあ、刈り上げてること自体は別に違和感なかったですが、時々変な具合に癖がついて、キューピーさんのようになってしまってたのは、ご愛嬌。(笑)

 最初に事件の話をモーティマーから聞く場面、事件に関わることに反対していたワトスンが、事件に興味を引かれてモーティマーに質問した時、ホームズがにやっと笑ったとこが、何かよかったです。(でも、やっぱり捜査するのは反対)

 荒涼たるコーンウォールの風景がとてもよかったです。リザード岬の断崖の眺めは素晴らしいですね。でも、普通「静養」って言うと、もっと暖かくてのんびりしたところに行くものなのに、あんなびゅうびゅう風の吹きまくるところで静養する、というのはちょっと不思議。ホームズ向きなのかしら?

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