THE SIX NAPOLEON 第20話 六つのナポレオン

 監督: デヴィッド・カースン director...David Carson

 脚色: ジョン・ケイン dramatized...John Kane

 ゲスト: エリック・サイクス(ホレス・ハーカー) Eric Sykes as Hores Harker

 ナポレオンの石膏像が次々と壊される、という奇妙な事件が相次いだ。4つ目の像が盗まれた現場で、イタリア人の男が殺される。マフィアの内部抗争なのか?ナポレオン像を破壊する犯人の意図とは?

 冒頭、いきなり下着姿の美女が窓辺で体を洗う、艶かしい場面から始まったので、「何じゃ?」と思いました。どういう演出?自分の息子と娘がファミリーの名誉に関わることで喧嘩しているとゆーのに、それをブラインドの陰から覗き見しているパパ・ヴェヌーチって一体・・・。イタリア人はお色気好き、という偏見?(必ずしも偏見ではないかもしんないけど(爆))

 ストーリーの展開はほぼ正典に沿った形になっていますが、正典では、ベッポがヴェヌーチを殺したいきさつがいま一つ曖昧なままだったので、パパ・ヴェヌーチを新たに登場させ、ヴェヌーチ・ファミリーというマフィアの存在を明確に設定することによって、殺人の背景もはっきりさせている点が、グラナダ版の大きな変更点。ベッポが服役する原因となった最初の傷害事件を、殺人事件と結びつけたのは、話がすっきりしてよかったと思います。折り折りで挿入されるファミリーの場面は、ちょっとイタリア映画っぽくて、なかなかのアクセントになっていました。パパ・ヴェヌーチは、娘に甘い。「人殺し」って言われても怒らないんだもん。

 原語版を見て、イタリア人の登場人物たちがみんなイタリア語でまくしたてていたのには、ちょっとびっくし。まあ、考えてみれば当然なんですが、吹き替え版は同じように訳していたので。(英語以外の言語で話しているところは字幕にしたりすることもあるから)つーか、原語版には英語字幕がついてなかったのかしら?ホームズも、パパ・ヴェヌーチとはイタリア語で話していたのですね。さすが。でも、あの貧相な感じ(失敬)のベッポ(そんなに猿には似てないと思うが)に、美しいルクレツィアが熱を上げていた、というのは、ちょっとよくわからない・・・。

 イタリア人ではないですが、ドイツ人の工場支配人が思いっきりドイツなまりなのにも笑っちゃいました。同じ在英外国人でも、ドイツ人はホワイト・カラー、イタリア人はブルー・カラーと分かれるところに、当時の欧州の中でのイタリアの立場が反映されていて、興味深いです。当時から、南イタリアなどは貧しかったのでしょうね。

 あと、正典では最初の三つのナポレオン像はハドスン商会が取り扱っていますが、残りの三つの像はハーディング兄弟商会、という別の業者が扱っていることになっていたのを、ドラマでは、6つともハドスン商会に一本化して、展開をすっきりさせています。また、「ハドスン商会の注文で特に彩色をした」という設定を加えたので、ベッポが6つの像を特定できた理由もわかりやすくなっています。

 実は、管理人は、警察の嫌な部分を表しているような気がして、レストレイド警部が好きでなく、オンエアの時にも彼の登場シーンは余りちゃんと見てなかったんですが、今回完全版で見て、大好きになりました。(今さらかよ)冒頭、ベーカー街でホームズとワトスンと一緒にくつろいでるところ、事件についての場面を除いてざっくりカットはひどいよ、NHK版。あと居間でワトスンと仮眠をとっていて、ホームズに叩き起こされるところも〜。レ「賭けはやりません」ホ「失うものは何もないよ!」ワ「睡眠の他はね」というやり取りがおかしくて、好きなのに〜。

 ホームズとワトスンが帰ってくるのを待ちながら、椅子の上で足を伸ばしたり、ホームズが見ていたスクラップ帳を覗いたりするシーンが可愛かったですし、死体置き場(正典にはなくて、ドラマ・オリジナル)でホームズの真似をしてヴェヌーチの死体に顔を近づけたものの、「うっ」となっちゃって顔をしかめて覆いをかけるところもいい感じ。(笑)大体、ホームズってば何のためにあんなに念入りに死体を調べてたんだろう?

 後半になって、秘密主義になって劇的効果を狙う悪いクセが出たホームズに振り回され、何となくワトスンと運命共同体になっちゃうところもよかった。チジックで張り込みしてるところとか。でも、種明かしの段になると、ワトスンの方がどんどん話わかっちゃって、置いてかれてちゃう。(笑)

 ホームズが黒真珠を出してみせると、二人そろって拍手喝采!ホームズ超まんぞく(子ども・・・)ってところも、たまらなくいいですね。警部が事件の背景を推理してみせる間、正典ではホームズは一応礼儀正しく聞いてましたけど、ドラマでは思いっきり無視。(爆)でも、テーブルクロスを、お茶セットを落とさない(フォークとかちょっと落ちてたけど)で引き抜くのはかっこよかったなあ。すごいぞ、ジェレミー。

 でも、やはり今回のベストは、警部がホームズを「あなたを誇りに思う」と讃え、ホームズが万感の思いを込めて「ありがとう」と返す場面。ジェレミーが2回目に小さく"Thank you"と言うのもよかったですが、吹き替えの露口氏の「ありがとう・・・ありがとう」が素敵なんですよ〜。やっぱ露口ホームズは、ええ。その後、二人して照れ照れになっちゃうのがおかしかったです。ワトスンも、ホームズが照れ隠しで「シングルトン事件の資料を取ってくれ」とか言ってるのが、ちゃんとわかってて、一応資料を出すけど、手渡す素振りは見せませんよね。DVDのブックレットには「ワトスンは無視されてくさった」とありましたけど。わかってないなあ?

 冒頭、警部が事件の概容をホームズに語る場面、ワトスンは正典通り、精神異常者の仕業と推理してホームズに否定されますが、グラナダ版では、話に余り興味を示す様子のないホームズを煽るために、わざと見当違いの発言をしたように見えるのは、(元)ワトスニアンのひいき目でしょうか?(笑)次の朝、警部から電報が届いたことを知らせる場面のワトスンが、朝食のコーヒーを飲んでいるホームズに「2分で来い」と言ってる場面、「もうひとつの顔」での「5分で来い」の仕返し?とか思っちゃいました。きっと、ワトスンはとっくに起きて、朝ごはんも済ませてたんでしょうね。(笑笑)

 それから、ハドスン商会で、肩を叩く、ちょっとした合図だけで、「帳簿を調べる間、ハドスン氏の注意を引きつけてくれ」って通じちゃうところが萌え。もしかして事前に打ち合わせ済みだったのかもしれませんけど。でも、ワトスンがハドスン氏に声をかけたのもナイス・タイミングだったし。

 DVDのブックレットに、「現代なら、ナポレオン像の破壊を政治的思想的背景に結びつけずに中に何か隠してると推理するのが当然だが、当時は斬新なネタだったんだろう」という趣旨のことが書いてありましたが、現代においても、例えばマルクスの像が破壊される、という事件があれば、「反共主義者の仕業?」と、思想的背景を真っ先に考えるじゃないですか。現代では、ナポレオンというのは単なる歴史上の人物に過ぎませんが、第二帝政の記憶も冷めやらぬ当時のヨーロッパにおいては、反共和主義、帝政主義の象徴のように受け取られていたはず。思想的背景があると考えるのは、自然だと思います。

 今回、日本語版がずい分と思い切った台詞の変更をやっていましたね。一瞬誤訳?と思うくらい。工場で「ベッポの従兄弟と話をするか」と言われて、「彼には何も言わないでくれ」というのを「一言もしゃべらんだろう」としたところなど。でも、ちらちらと従兄弟らしい男が気にしている画面を見ると、確かに後の方が自然に見えるのですよね。ただ、チジックでの張り込みの場面で、ワトスンがレストレイドに「ハンバーグ」を勧めているのを、「キャンディ」を勧めるとしたのは、ちょっとイヤだなあ。煙草がダメを言われて、なら代わりに飴でも、というのは確かによくあるけど、ワトスンが女の子みたいに飴持ち歩いてるなんて〜。※ここで、ホームズが「ピクニックじゃないんだよ」って叱るのもちょっとキツい。原語は「そんな場合か」くらいなのに。

 ちなみに、以前掲示板に書きましたが、ルクレツィア・ヴェヌーチ役のマリーナ・サーティスは、この後、「新スタートレック」のディアナ・トロイ役で有名になります。シャーロキアンもどき(^^;)な管理人は、実はトレッキーもどきもちょっと入ってまして(つーか、いつでもどこでも半端マニア・・・)、個人的に「おお」という感じなのですが、やはり、「スタトレ」のSFチックなファッションと、「ホームズ」のヴィクトリア朝ファッションではイメージ変わりますねえ。ラスト、ベッポの死刑執行告知を馬車から捨てるところの顔が「おお、カウンセラーだっ」って思いました。

 あと、大して出番の多くなかったハーカー役のエリック・サイクスの名前が、コリン・ジェヴォンズさんより先にクレジットされるなど扱い大きいのが不思議だったんですが、求龍堂の本によると、人気コメディアンなんだそうで。言うなれば、スペシャル・ゲストなのね。



※アマデウソさんよりご教示頂いたのですが、この時のワトスンが言った「ハンバーグ」とは、いわゆるお肉の「ハンバーグ」(hamburger)ではなくて「ハッカ飴」(humbug)という意味なんだそうです。つまり、単純に字幕の方の誤訳だったんですね。悪しからず、訂正です。やっぱし、ワトスンはギャルのように飴を持ち歩いているんだ〜。(泣泣)

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