THE PRIORY SCHOOL 第19話 プライオリ・スクール

 監督: ジョン・マッデン director...John Madden

 脚色: トレバー・ボウエン dramatized...Trevor Bowen

 ゲスト: アラン・ハワード(ホールダネス公爵) Alan Howard as Duke of Holdernesse

      クリストファー・ベンジャミン(ハクスタブル博士) Christopher Benjamin as Doctor Huxtable

      ニコラス・ゲクス(ジェームズ・ワイルダー) Nicholas Gecks as James Wilder

 名門貴族ホールダネス公爵の嫡子、幼いサルタイア卿が、学校の寮から姿を消した。何者かに誘拐されたのか。共に消えたドイツ人教師の犯行なのか?窮地に立たされた学校長の依頼で、ホームズは荒涼たる冬の北イングランドへと旅立つ。

 この辺りのエピソードは、どういうわけか本国と日本では放映順が多少違っていて、「空き家」の次は本国ITVでは「修道院屋敷」なんですが、NHKではこちらの「プライオリ・スクール」、「第二の血痕」、「マスグレーブ家の儀式書」の後に「修道院屋敷」、という順番になってます。なんでやろ。

 この辺りまでくると、NHKもカットのこつがわかってきたのか(爆)、「何でここを切るんじゃ」ってシーンは今回はそうはありませんでした。話の辻褄が合わなくなるのでは、というカットも台詞をさしかえたりして話の筋が通るようにしていて、もうほとんど職人芸の域ですね。(苦笑)例えばハクスタブル博士が「うちの学校にはこんなに偉い人のうちの子が来てる」なんて話をするところはストーリー上特に必要ないですからね。敢えて言うなら、ホームズが出発する時、ハドスンさんが「ご旅行ですか?」とお弁当を差し出し、ホームズを感心させるところかな。あと、ワトスンが宿屋で食事をして、ホームズに「味はどうだい?」と聞かれて、「ひどいな」と答えるところも、出来ればとっておいて欲しかったシーンでしょうか。

 今回はむしろグラナダ版自体の正典のアレンジが大きかったようです。サルタイア卿が異母兄のワイルダーと協力者のヘイズに誘拐される、という正典のプロットや舞台装置をそのままにして、内容は大きく変更されていると言っていいでしょう。正典は、校長や公爵の台詞だけで説明されてしまう事実が多いし、中盤の荒地の追跡で自転車や牛の蹄鉄の跡が漠然と宿屋やホールダネス邸の方向を示している、というだけでは、映像で説得力ある表現をするのは難しいでしょう。そこで、全ての痕跡は「牛の蹄鉄をつけた馬の足跡」で踏み消されたとし、宿屋の主人が犯人であることを示唆するのは首についた引っかき傷とおびえた妻、というように変更されたわけです。この結果、ホールダネス家の先祖は牛泥棒だった、という逸話が正典より早い段階で示され、正典では殴り殺されたハイデガー先生は絞殺されたことになり、荒地の追跡が不発気味で不機嫌なホームズと空腹を訴えて近くの宿屋で食事をすることを主張するワトスンの場面が挿入されたわけですね。

 正典では、公爵は途中から全てを知りながら、ワイルダーを庇いたいがためにサルタイアを危険な状態のまま放置することになっていたのを、グラナダ版ではうすうす感づいてはいたが、というように変更されたのも、同じような意図からではないかと思うのですが、それに加えて、正典でホームズが「罪深い年長の令息のご機嫌をとるため、罪のない年少の令息を危険にさらした」と指弾したように、正典のままでは、余りに幼いサルタイアがかわいそうという気配りも働いているのではないかと思います。正典ではオーストラリアに放逐されるワイルダーを地下洞窟で転落死させたのは、確かにクライマックスを盛り上げる意図もあったでしょうが、ワトスンがワイルダーの死を確認した瞬間、公爵はあたかも憑き物が落ちたかのような顔になったことでも表されているように、サルタイアの将来から暗い影が除かれた、というように話をしめたかったのではないでようか。その後、公爵が眠るサルタイアの額にキスをする場面を入れたり、エンド・タイトルのバックに、学校に戻るサルタイアを公爵が父親らしく見送る場面を使ったりして、父子は幸せに暮らすであろうことを示唆してますよね。それによって、若き日の情熱的な恋の思い出に捕らわれ、世間体や現在の愛情との間に板ばさみになって苦悩する公爵の心情がきめ細やかに描かれ、公爵役のアラン・ハワードの繊細な演技とも相俟って、なかなか深みのあるドラマになっていたと思います。正典ではただのひどい親父、ですものねえ。「希望を与えてくれた」と明るいステンドグラスを背景に語る公爵の顔が晴れ晴れとしていたのが素敵でした。

 サルタイア卿のお母さんが、正典ではイングランド貴族の出で(名前はイーディス)、別居後は南フランスに行っていることになっているのに、グラナダ版ではイタリア人(名前はフランチェスカ)でヴェネツィアの実家に戻ってるようになっているのは、ちょっとどうしてかわからないです。いかにも、イタリア人の血が混じっているという感じの黒髪黒目の可愛い坊やでしたけど。

 このエピソードで話題になっているのは、普段は金銭には無頓着なホームズが今回に限って、やたら報奨金にこだわること。まあ、グラナダ版ではその辺りはだいぶ抑え気味になっていて、いつものようにホームズが「権力をかさにきて威張るヤツ」に嫌味で対抗している、という印象の範囲内に留まっていると思います。「家系の存続、ご子息の命と名誉とどちらが大切なのです」とホームズが公爵に詰め寄るシーンは胸がすっとしますわ。最後には、報奨金が「多すぎます」と言っていますしね。

 今回のお気に入りの場面は、冒頭、ハドスンさんからハクスタブル博士の名刺を受け取ったワトスンが、それを長いすで眠るホームズのベストのポケットに入れたところ。ちょっと意味ありげな感じが萌え(笑)。あと、サルタイア卿の隣の部屋の子どもたちに、ワトスンが優しく声をかけて緊張をほぐして証言させたところ。ベッドに腰をかけるのは子どもの目線の高さに合わせるためで、子どもを安心させるための基本ですね。今回、ワトスンは大活躍。ヘイズの首の傷が人間の引っかき傷だと見抜く場面は医者の本領発揮って感じでかっこよかったです。ハイデガーの遺体を検死するとこもね。そして、ワイルダーとサルタイアを追跡中に見失って、途中でこけながらも必死でホールダネス邸に走って戻るワトスン。む、無理しないでね、若くないんだから、と労わってあげたくなってしまったわ。

 それから、荒地の探索が不発気味で、不機嫌なホームズと疲れておなかもすいたワトスンのやり取りが何だか微妙にトゲトゲしているのがおかしかったです。やっぱり、ハードウィック・ワトスンは、バーグ・ワトスンのように喜んでホームズについていくって感じではないところがいいですね。結構嫌味も言うし。ホームズが「ワトスンも僕も忙しい」と言った時、「え?」という顔になったところがいかにも、って感じ。やっぱし、エドさんがワトスンの方が落ち着くんですよ。福田豊士氏の語りも、ほんわかしていい感じだし。いや、デヴィッドも好きなんですけどねってしつこい・・・。(長○の語りは嫌だ。)

 名門貴族の先祖が牛泥棒、というのはいかにもイングランドらしくて、日本にはちょっとない感覚ですね。この話をワトスンが学校での食事の席で披露した時、校長先生以外の先生はみんなウケてた、というのが興味深い。正典にはないですけど。教師とか学者のような知識階級が、家柄を鼻にかける上流階級に対して反感を抱いたり、揶揄したりする、というのはイギリスにもあることなのでしょうか。

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