THE LAST VAMPYRE スペシャル サセックスの吸血鬼

 監督: ティム・サリヴァン director...Tim Sullivan

 脚色: ジェレミー・ポール dramatized...Jeremy Paul

 ゲスト: ロイ・マースデン(ジョン・ストックトン) Roy Marsden as John Stockton

      キース・バロン(ボブ・ファーガスン) Keith Barron as Bob Ferguson

      ヨランダ・ヴァスケス(カルロッタ) Yolanda Vazquez as Carlotta

      モーリス・デナム(メリデュー牧師) Maurice Denham as Reverend Merridew

 サセックス地方の片田舎の村に、ストックトンなる人物が現れて住み着くようになってから、村に奇怪な噂が広まるようになる。彼が吸血鬼であり、鍛冶屋の親父の急死も、ファーガスン家の幼い赤ん坊の死も、彼の仕業であるというのだ。村の人心を鎮めて欲しいという教区の牧師の依頼で、村を訪れたホームズとワトスンの目の前で、恐るべき悲劇が繰り広げられる。

 このスペシャル、NHKの放映では結局見る機会がなく、DVDが初見だったのですが。うーん、率直に言って、「何じゃ、こりゃあ」(松田優作風に。ほら、山さんだし)って感じですねえ。

 正典の「サセックスの吸血鬼」(グラナダ版ではタイトルを「最後の吸血鬼(The Last Vampyre)」と変更していますが、NHK版ではそのまま正典のタイトルを使用しています。)は、妻が我が子の血を吸った、とファーガスンがホームズに相談を持ちかけ、ホームズは、それが血を吸ったのではなく、先妻の子に毒矢を射られた赤ちゃんを救うためにその毒を吸い出していたことを明らかにする、というストーリー。かなり完成度の高いエピソードだし、個人的に修復不可能と思われたファーガスン夫妻が信頼を取り戻す、という幕切れが気に入っているので、そのまま映像化されなかったのは、非常に残念です。いい場面がたくさんあるんですよ。ファーガスンの屋敷が「チーズマン屋敷」と呼ばれている訳をワトスンが教えてあげたのに、ホームズの態度が冷ややかだったので、「それ(新しい知識)を教えてくれた相手にはめったに感謝したためしがないのである。」(創元推理文庫『シャーロック・ホームズの事件簿』p.179)とワトスンが論評するところ、ファーガスンがワトスンに再会して「いつぞやオールド・ディア・パークで、きみをロープごしに観客席にほうりこんだことがあった」(同p.184)と思い出を語るところ、最後にファーガスン夫妻を二人だけにしてあげるため、ホームズとワトスンで忠実なメイドのドローレス(グラナダ版のような身持ちの悪い女ではありません。つーか、ジャックが歪んじゃったのは、彼女が奥様に隠れて彼をいじめてたせいじゃん?)を両脇から抱えて寝室の外に出るところ。是非グラナダ版で映像化して欲しかったシーンばかりで、その点で言っても残念ですね。

 で、グラナダ版の出来自体も、正直面白かったとは言いかねます。筋立ては、何だか横溝正史の『八つ墓村』を思い出しますが、『八つ墓村』の方が全然面白かった。何をやりたいんだか最後までよくわかりませんでした。ストーリーが何だかいきあたりばったり。そもそも、ホームズが出馬した動機が曖昧だったのが一番の敗因でしょう。最後にジャックがドローレスに毒を盛るまでは、劇中何度も語られている通り、何の犯罪も行われていないのです。やはり、何らかの犯罪、ホームズが解決すべき犯罪を始めに用意すべき(赤ん坊は自然死ではなかった、とか)だったのでは。後味も極めて悪いですよね。赤ちゃんもジャックも死んでしまうし、南米に帰った、というファーガスン夫妻の関係が修復されたとは到底思えないし。救われることのなかったジャックの死は、余りにも悲惨です。村人たちの疑惑も晴らされたわけではないようだし。

 また、怪奇趣味も中途半端。そもそも、100年前の事件とやらも、いまいちショッキングさが薄いんですよねえ。それこそ『八つ墓村』の大量虐殺のようなもっと大きな悲劇とか、ずっと古くから吸血鬼伝説が根深く語り継がれていたとでもしないと、村人たちの憎悪や恐怖に説得力がない。ワトスンは「偶然が重なりすぎ」と言いますが、鍛冶屋の親父の急死とファーガスン家の赤ちゃんの死だけでは、まだまだ偶然の範疇でしょう。

 ただ、因習が根強く残る閉鎖的な田舎の村に、ストックトンやファーガスン夫人とメイド、という外部の存在が入り込むことによって、いろいろな出来事(健康な男性や赤ん坊の突然死、インフルエンザの流行)が、それに結び付けられ、村人たちが疑心暗鬼になっていき、やがて集団ヒステリーと化していく過程は、実に分かりやすく描かれていたと思います。

 一方、人物の描写もなかなかよかった。ストックトンが結局人智を越えた存在ではなかったことを不満に思うむきもあるようですが、都会でならただのマイペースな変人ですむ人物が、因習深い田舎の共同体に足を踏み入れてしまったばっかりに、吸血鬼に仕立て上げられ、情緒不安定の少年に勝手に祭り上げられ、善意で夫人に気遣いをしてあげただけなのに、言われのない誹謗と暴力をファーガスンから受け、怒りのやり場のないまま馬車を暴走させて激突死するという運命が、滑稽なほどに物悲しく、変わり者の知識人の悲劇として、個人的には非常に共感を覚えました。ホームズだって、あの村でベーカー街での通りに振舞っていたら、ものすごーく挙動不審に見えると思います。(爆)

 それから、ファーガスン夫人のカルロッタも、赤ちゃんの死が寒いイングランドの気候のせい、と理性的な判断をしたり、ドローレスと違ってストックトンの影響下には置かれず、彼の人となりを冷静に判断し評価できる、高い知性を持った女性として描かれていたのは、よかったですね。始めジャックのバイオリンを壊した時はどうなるかと思いましたが、赤ちゃんが泣いている時にあんな音たてられたら、そりゃ切れるわな。ワトスンが真摯な態度で彼女と話をし、そんな彼女の人柄が明らかになるシーンは非常によかった。

 それに対して、根っからの体育会系で、人柄は好ましいのだが、細やかな気配りに欠け、ややもすると理性的な判断ができなくなったり、哲学的な話には身構えてしまうファーガスンの人柄も、よく描けていたと思います。引退した元スポーツ選手ってあんな感じですよね。(笑)

 ジャックを演じた子も上手でしたよね。一見儚げな美少年なんですが、冒頭のバイオリンを弾きたてる様子でその内部の攻撃衝動が暗示されていた点はよかった。赤ちゃんが死んだ時に浮かべた微笑は本当に怖かったし、ストックトンとの出会いとその死を契機にどんどん壊れていくさまが本当によく描かれていました。それだけに、最後に白マントでの飛び降り首吊りはちと安易。つーか、収拾つかなくなっちゃって無理やり殺したって感じ?

 あと、牧師さんが、最初は何だか凡庸な人物だという印象だったのが、実は事態を理性的に判断していたり、毅然としてストックトンの埋葬を行ったり、なかなかの人物であることがわかって面白かったし、ストックトンの家の前に住んでいる独身の老婦人が、ずーっと窓の外を覗いていたのがおかしかった。暇なんですねえ。

 ただ、ドローレスとマイケル、ヴェラ(100年前に領主に殺されたジャネット・バロウズとWキャスト)の三角関係は、ちょっと不必要な感じでした。ストーリーが散漫になった原因の一つになってしまったようです。そもそも、正典にも、忠実で実直なメイドとして登場していただけに、ドローレスの性格の悪さは気になりました。ちなみにマイケルに十字架を売った行商人は、「ウィステリア荘」でベインズ警部を演じたフレディ・ジョーンズです。吹き替えの声は違いますけど。さすがに名古屋章氏にこんな端役をやってもらうわけには・・・。

 うーん、何かここまで書いてきて、ホームズとワトスンのことはほとんど触れてないですねえ。解決すべき犯罪がないのでホームズは精細を欠いていたし、ワトスンはお医者さんとしてはずい分頑張ってましたが、ファーガスン夫人と話をした場面以外は余り見せ場はなかった。従軍時代に、幽霊を見るという神秘体験をしていた、というのは、ちょっと面白かったが。

 ただ、冒頭のベーカー街の場面の二人のやりとりだけはいつもの通りで、何だかほっとしました。ホームズってば、あんなドラキュラ牙なんか何のために作ってたのかしらね。ワトスンをそれで驚かすお茶目さん。(ってゆーか、子ども・・・)Vのファイルを見ながら、「グロリア・スコット号」のワトスンの記録を例によってこき下ろすところは正典通り。その横で「お茶はまだかな」とか言って聞いてない振りをするワトスンがちょっと可愛いです。

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