THE HOUND OF THE BASKERVILLES スペシャル バスカヴィル家の犬

 監督: ブライアン・ミルズ director...Brian Millsn

 脚色: トレバー・ボウエン dramatized...Trevor Bowenl

 ゲスト: クリストファー・タボーリ(サー・ヘンリー・バスカヴィル) Kristoffer Tabori as Sir Henry Baskervilles

      ニール・ダンカン(ドクター・モーティマー) Neil Duncan as Dr.Mortimer

      ジェームズ・フォークナー(ステイプルトン) James Faulkner as Stapleton

      ロナルド・ピカップ(バリモア) Ronald Pickup as Barrymore

      ローズマリー・マクヘイム(バリモア夫人) Rosemary McHale as Mrs.Barrymore

 デヴォンシャーの富裕な名士、サー・チャールズ・バスカヴィルが奇怪な死を遂げ、背後にはバスカヴィル家に伝わる魔犬の呪いがあると囁かれた。家督を継ぐことになった甥のサー・ヘンリーの身を守るため、ホームズが乗り出す。サー・ヘンリーと共に陰鬱な晩秋のダートムアに向かうワトスンの前途には・・・。

 長編の中でも一番人気、という「バスカ」の登場です。(個人的には『恐怖の谷』が優れているというカーの意見に同意)資金切れで「四人の署名」のような大規模なロケなどは組めなかったそうで、確かにクライマックスの夜のダートムアが明らかにスタジオ撮影って感じで、ちゃちな印象があったのはちょっと残念。しかし、さすがグラナダ・ホームズ、昼間の荒野の風景は美しく、バスカヴィル館も雰囲気たっぷり、キャストも充実、演出のテンポも歯切れよく、結末は判っていながらもドキドキワクワクで楽しめました。

 ただ、やっぱり長編の分量を2時間弱の尺に収めるのは難しかったようで、あちこち改変、省略している部分が結構目に付きましたね。特に前半のロンドンの場面はざくざく刈り込まれたという印象。モーティマー医師がサー・ヘンリーをベーカー街に連れてゆくところがカットされて、ホテルで初対面ということになっていたし(なので初登場からいきなり靴がなくて激怒してるサー・ヘンリー・・・)、従って、サー・ヘンリーの尾行者を追い詰めようとしたら、そいつが馬車屋に「シャーロック・ホームズ」と名乗っていて呆気、という場面もなかったです。あのくだりは正典は少々込み入ってしまっているので、むしろシンプルな展開になってよかったと思いますが。ホームズが、サー・ヘンリーに送られた手紙の紙質から中流ホテルの部屋に備え付けの紙だと推理し、脅迫ではなく忠告だと判断するは正典にはない部分ですが、判り易くていいと思いました。ただ、尾行者の正体がステープルトンで、その目的があわよくばロンドンでサー・ヘンリーを亡き者とすること、同行させられたベリルがくだんの手紙を出したわけだが、彼女がロンドンへ同行させられた理由といったことがはっきりしなかったのは、ちょっと気持ち悪いかも。

 それから、バリモア夫妻と逃亡犯セルデンの関係が明らかになるくだりもかなり変更がありました。正典ではバリモア夫妻の告白を聞いてから、荒野にセルデンを捕えに出るという展開でしたが、やはりいくら何でも執事夫妻の気持ちを踏みつけ過ぎな印象が否めません。と言って、凶悪な殺人犯を野放し、というのも問題が残るので、グラナダ版では、セルデンがロボトミー手術のようなものを施されていて、全く無害になっているという設定を作って問題をクリアしようとしたようです。サー・ヘンリーとワトスンが、バリモアの合図に答える灯りを見つけてすぐに荒野に出て、セルデンを遭遇、帰宅してから真相を聞くという流れ、そして、「子どもは石を投げるものです!」「うまい喩えですな。害はないでしょう。」のやりとりだけで、セルデンを見逃す正当性を語らせる、なかなか手際のよいアレンジだったと思います。ああいう形なら、バリモアもサー・ヘンリーに深く感謝するでしょう。

 ワトスンがホームズの隠れ家を発見するいきさつも、かなりシンプルにアレンジされていました。正典では、バリモアから「L.L」という女性の存在を知ったワトスンが、さりげなくモーティマー医師に心当たりを訪ねてローラ・ライオンズに行き着き、一度一人で彼女を訪問します。しかし成果はなく、その帰り道にフランクランド氏に招かれて、ホームズに食事を届ける少年を発見する、という展開でした。グラナダ版では、ワトスンはフランクランド邸でローラの存在を知ったことになっていて、これもなかなか上手い整理の仕方だと思いました。ただ、ローラが、ステイプルトンが既婚であることをあっさり信じ過ぎなきらいがないでもないですが。まあ、余りこんなところで時間かけてもね。あと、ワトスンが、モーティマー医師があんまりうるさく質問するので、「私が、ふとフランクランドの頭蓋骨は何型に属するのかとたずねると、これで馬車のあいだは骨相学でもちきりになったのである。シャーロック・ホームズと何年間もいっしょにくらしてきたことは、むだではなかったらしい。」(創元推理文庫p.161)というくだりがなくなったのは残念。これって、「ホームズから答えたくない質問をしつこくされた時は、犯罪の話題を振ってうまく話を逸らしている」ってことですよね。(え?違う?)正典は、ワトスンが、変人のフランクランド氏から上手に聞きたい情報を引き出す様子がよく描けていて好きです。ドラマでも会話がちゃんと再現されていましたけど、映像では伝わりにくい部分ですよね。

 で、実はダートムアに来ていたホームズとワトスンは再会するわけですが、その直後、サー・ヘンリーの古着を着ていたためにセルデンが魔犬に襲われて岩から転落死する場面。グラナダ版も二人は「サー・ヘンリーだ!」と一瞬勘違いしますが、正典は勘違いした上に二人ともショック受け過ぎ。映像で見れば、「体型で違うってわからんか?」とか思いますので、グラナダ版ではその辺りはさらりと流して、すぐに「セルデンだ」と気付くようになってました。その上、正典は勘違いと知って二人とも喜び過ぎ。グラナダ版は、ワトスンの「何と言う人生だ」という悼みの言葉がよく利いていましたね。ただ、正典でも、バリモア夫人が弟の死を嘆き悲しむシーンを思いやり深く描いていましたけど。そこでのワトスンのコメント「その身をなげいてくれる女性をひとりももたぬ男などとは、それこそどんな悪魔だろうか。」(創元推理文庫p.205)は、なかなか泣かせます。

 あと、正典ではクライマックスの直前に、ロンドンからレストレイドが到着しますが、グラナダ版はコリン・ジェヴォンズさんのスケジュールが合わなかったそうで、登場はなしでした。(舞台公演中だったそうです。)で、代わりの警部さんとかではなくて、モーティマー医師が銃の名手ということにされて、引っ張り出されてました。個人的には、グラナダ版のモーティマー先生は好きなので、別に構わないのですが、ただ、メリピット荘に乗り込む時、警察関係者がいないとまずいんじゃないか、という危惧が残ってしまいました。まあ、ベリルが虐待されて閉じ込められていたので、緊急避難とかにしてもらえそうですけどね。グラナダ版では、この時ベリルが何で急に殴られて縛られていたのかが、ちょっと判りにくかった。ローラの存在を匂わされてかっとなって喧嘩になった挙句、なんですよね。正典のベリルは結構タフな女性なんですけどねえ。余りその辺がグラナダ版では見えなったのは、ちょっと残念。

 さて、クリストファー・タボーリ演じるサー・ヘンリーは、個人的にはグラナダ版の男性ゲスト中一番のお気に入りです。ハンサムだし、勇気があって誠実だし、思いやりがあるし。日本語版吹き替えの山本圭さんの声と話し方がまた素敵で、2割増しハンサムに見えますわ。

 モーティマー先生もよかった。ニール・ダンカンは正典の記述そのままの容姿で。冒頭、ベーカー街でホームズの頭蓋骨を欲しがるところが笑えた。「そのうち現物が手に入るでしょう」という台詞、ジョークにしても素にしてもブラック・・・。ちなみにNHK版はこの辺のくだりはざっくりカットです。わんちゃんが可愛かったvv正典では、沼地に迷い込んで魔犬に食べられちゃうんですよね。グラナダ版では死ななくてよかった〜。

 あと、初対面でベリルがワトスンとサー・ヘンリーを間違えるってのは、テッドさんのワトスンではいくらなんでも不自然・・・。若い人だってくらいは推測つく筈でしょうに。バーグ・ワトスンだったとしても、ちょっと無理があるかなあ。

 NHK版ではやっぱりざっくりカットだった、ベーカー街での冒頭場面。ワトスンが、モーティマー先生のステッキを見てあれこれ推理するところ、ポットの蓋を立ててその裏にワトスンを映して見てるホームズが可愛いし、「ブラヴォー!」なんてわざとらしく褒めちゃうホームズが超ムカつくし、正典では褒められて嬉しい筈のワトスンがいかにも「どーせ、本気じゃないんだろう」って言わんばかりの顔がいいし・・・・。何で切るんだ、国営放送。あと、考え事をするホームズに気を遣って外出していたワトスンが戻ってきた部分もカットですわ。余りの煙草の煙にゲホゲホなワトスンに、ホームズ「風邪かい」ワトスン「この毒ガスのせいだ!」・・・素敵だ。

 しかし、何と言っても岩屋の場面。「積もる話もあるでしょうから、私はこれで」って、モーティマー先生、何て粋なはからいができるお方なんでしょう。(ちなみに、正典ではモーティマー医師は同行してません。正典みたく、ワトスンが一人で辛抱強く待ってた、っていう方がよかった・・・)ホームズってば、メッセンジャー・ボーイにワトスンの動向を報告させるわ、ワトスンの吸殻を大事そうに拾うわ(煙草のぽい捨てはいけません)、ワトスンの手紙を何回も読むわ。まるでス○ーカー・・・。大体月を背にして何ぼおっとしてたんでしょうねえ。だが、それより何より、シチュー、ですよ。ワトスンに食べて貰いたくてわくわくするホームズ、「見るだけでたくさんだよ」とつれないワトスン、がっかり〜なホームズ。グラナダ版らしいお洒落なオリジナルで、やあ、もう屈指の名場面に入れたいくらいですわ。くす。

 ところで、ホームズ宛のワトスンの手紙、正典ではベーカー街から転送されることになってましたが、グラナダ版ではホームズが直接郵便局に取りに行ってましたが、ワトスンが払った郵便代ってどうなっちゃうんだろう。

INDEX  放映リストへ