『陰陽師』



 ふいに、口をつぐんでいた博雅が、また闇の中で口を開いた。
「いいか、晴明―」
 実直な声であった。
「―たとえ晴明が妖物であっても、この博雅は、晴明の味方だぞ」
 低いが、はっきりした口調であった。
「よい漢だな、博雅は―」
 ぽつんと、晴明がつぶやいた。

 ― 「蟇」(文春文庫p.201)



 先に新聞連載の『生成り姫』を読んでいたので、『陰陽師』を読んだ時、博雅が思いっきりごっつい武士、だったのには、かなり面食らいました。
時々出てくる「源博雅は武士である。」にかなり抵抗を感じてしまうのと、獏先生がご自分でも認めてらしたように、80年代の伝奇アクション小説
の雰囲気を引き摺っていて、どうしても以後の話に比べてスプラッタとエログロが多いのと、晴明と博雅の関係が、まだ後の巻に比べて安定感がない、
という点で、やや好感度が下がってしまいますね。

 その一方、全ての短編での晴明邸の庭の四季折々の描写が大変によいです。この描写が、お話全体のおどろおどろしさを和らげて、単なる怪奇物で
はない、独特の味わいを持った世界を作っていて、『陰陽師』という作品が、巷の他の晴明物とは一線を画している、大きな要因となっていると思い
ます。

 また、獏先生独特の文体がゆったりしたリズムを作っていて、スプラッタでもエログロでも淡々とした味わいになってますよね。後の巻のようなほ
とんど「馬鹿ップル」(笑笑)の域にまで達してしまってるってほどではなくても、晴明と博雅が言葉を交わす場面は、既に心を惹かれるものがあり
ます。

 ところで、文庫版の表紙の絵の髯ぼうぼうのおっさんって、誰なんだろう・・・。



玄象という琵琶鬼のために盗らるること
<出典> 『今昔物語集』巻24−24「玄象といふ琵琶、鬼の為に取られたる語」
 帝の秘蔵の琵琶「玄象」が、何者かによって盗まれた。これに心を痛める博雅は、ある夜、何者かが玄象を奏でる音を耳にする。その音に誘われる
ままに羅城門まで足を運んだ博雅が見たものとは。

梔子の女
<出典> 『今昔物語集』巻27−19「鬼、油瓶の形と現じて人を殺せる語」
 般若経の写経を努める僧、寿水のもとを夜ごと訪れる口のない女は何を伝えようとしているのか。

黒川主
 鵜匠の忠輔の孫娘のもとに夜な夜な通う妖しい男の正体とは。

 応天門に現れた怪異の正体を確かめるべく、晴明と博雅は陰態へと分け入る。

鬼のみちゆき
 朱雀大路の辻に夜ごとに現れる怪しい牛車は、一晩ごとに内裏へと近づいていた。牛車に乗った女の企図とは何か。

白比丘尼
 ある雪の夜、晴明の屋敷を訪れた美しい比丘尼は、「散らぬ花」であった。



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