翌朝、博雅と共に内裏に参じた晴明は、帝に謁見を請い、すぐに許された。

御簾の向こうに現れた帝に、

「この度は、真に申し訳ないことをした。迷惑をかけた」

と率直に謝罪された晴明は、これを謹んで受け、昨夜の首尾を報告した。

「それは重畳」

と頷いた実かとに、更に晴明は、最近献上された唐渡りの琵琶を見せて頂きたいと請うた。

琵琶はすぐに運ばれてきた。

「では、拝見致します」

晴明は、瑞雲、飛天と迦陵頻迦の描かれた琵琶の腹板に目をやり、微笑した。

「主上には、こちらの琵琶の腹板に描かれた迦陵頻迦に見覚えはござりませぬか」

「何」

帝は、御簾の内に運ばれた琵琶を手にとって、しげしげと見詰めてから、小さく、

「あな」

と叫んだ。

「この迦陵頻迦は、余の枕辺に立った女人と、瓜二つぞ」

「やはり、そうでしたか」

晴明は頷いた。そして、

「その琵琶は、源中将さまにご下賜なされませ。さすれば、二度と此度の様な変事は起こりますまい」

「何?」

博雅は目を丸くしたが、琵琶を眺めていた帝は、晴明の方へ顔を向けると、すぐに頷いた。

「なるほど、そういうことであったか。余も迂闊であった。すぐこの琵琶は博雅に下そう」



簀子でほろほろと酒を呑んでいる。

二人の間には、帝から賜った琵琶が置いてある。

「なあ、晴明」

博雅は、どうにも腑に落ちないという顔で問いかけた。

「何ゆえ、この琵琶に描かれた迦陵頻迦が、夜な夜な主上の夢枕に立って、おまえを陥れるようなことを告げたのだ。何故この琵琶がおれに賜ると、その変事が起こらなくなるのだ」

晴明は、盃を口に運び、一口含んでから微笑した。

「その迦陵頻迦、いやその琵琶は、もう一度おまえに奏でてもらいたがっていたのさ」

「おれに?」

「うむ」

晴明は頷いた。

「だが、おまえに初めて弾くのを許されて以来、おまえは参内もしておらぬのだろう?」

「おお」

博雅はそういえばという顔をした。

「偶々物忌みや非番が重なったのでな」

「だが、そんな事情までは琵琶には分からぬ。どうも聞こえてくる宮中の噂によると、その間おまえは土御門の安倍晴明の屋敷に通うておるらしい…」

「確かに、物忌みでない時は、大抵ここへ来ておったが…」

博雅は首を傾げてから、はっと気づいた。

「ならば、その琵琶は…」

「そう」

晴明は苦笑に近い笑みになって、頷いた。

「おまえが参内して琵琶を弾かぬのは、おれのせい、と思い込んで、おれを陥れようとしたのよ」

「何と…」

「ところが、その為に、却っておれの無実を晴らそうとしたおまえを危ない目に遭わせることになってしまった」

「それで、慌てて帝とおまえの夢に出た、ということか」

博雅は呆れた声を出した。

「そういうことだ」

晴明は言い、少し残っていた盃を干すと、手酌で酒を注いだ。

「むう」

博雅は困惑して琵琶を眺めた。

「よいではないか。おれの夢に現れた時は、心底悔いておったようで、おれに平謝りの体であった。…大事に弾いてやれ」

「もちろん、大切にするし、弾くには弾くが…」

「早速何か弾いてくれぬか?どのような音がするのか、聴いてみたいものだ」

「…うむ」

博雅は琵琶を手に取り、ほろほろと弦の調子を整えると、やおら撥で弦を弾いた。

嫋。

その流れ出た音の艶やかさに、博雅は思わず目を伏せた。

嫋嫋と、琵琶は優雅で華やかな音を紡ぎだしてゆく。

それは、迦陵頻迦の歓びの声とも聞こえた。

晴明も目を伏せ、博雅の奏でる音色に我が身を委ねた。



れ下書きを書き終わってから気づいたんですけど、ひょっとして「月琴姫」とネタが被っちゃってるかも。ひー

単行本待ちで、『オール読物』ぱらぱらと立ち読みしただけなので、確かじゃないんですが。

てとらさま、こんなものでよろしいでしょうか…。

ちなみに、頂いたお題は、「博雅を慕うある人物が嫉妬から晴明を罠にかけようとするが、その為に逆に博雅が窮地に…」でしたー。

え、迦陵頻迦は「人物」じゃねーだろ、て?

…しーん…



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