その日のうちに、保憲と晴明は、再び羽賀寺に出かけた。

博雅を田鶴の局に任せて外出することを、不承不承ながら晴明が承知したのは、くだんの観音をこの目で見てみたい、という気持ちもあったからであった。

その道すがら、保憲がふと、

「そうか、あの観音、博雅さまに似ておったのだ。」

「観音が博雅に、ですか?」

晴明は少々面食らう。

「いや、そっくり、というわけではないよ。ただ、どことなく、な。・・・しかし、祖母ぎみの面影を写したものであれば、それも当然であろうな」

「はい」

そうこうしているうちに、寺に着き、あたふたと応対に出た住持に、本堂に通してもらう。

晴明は、まず空の厨子をの戸を開け放ち、その前に香炉を据えた。

香炉の中に、香と共に持参した博雅の髪のひとすじを入れ、焚く。

それから、厨子の戸を閉め、その前に座して、しばらくの間真言を唱えた、

ややあって、

「では、厨子をお開け下さい。」

僧の一人が戸を開くと、

「おお」

「御像が戻られた」

僧たちがどよめいた。

そこには、一体の観音像が優雅な姿形で佇んでいた。

頭上のきらめく宝冠の上に、十面の顔を頂く十一面観音である。

彩色が美しく施され、衣の襞の線も柔らかく、ふっくらとした顔だちは、優しい微笑を浮かべ、何とも言えず、艶やかであった。

都でも、このように美しい仏はそうそう見られないであろう。

晴明は、その顔をじいっと見た。

すっと切れ長の目に、頬のふくよかな美しい顔立ちは、博雅に似ているとは言い難いはずだったが、確かに面影の重なるところはある。

しばらく見ていて、ふっくりした唇の辺りが似ていることに気づいた。

―わたくしでは頼みにならぬ、ということでしょうか?更衣さま。

すると、観音の口もとが更にほころんだように見えた。

―いいえ、とんでもない。あなたが博雅のことを大切に思うて下さっているのはよくわかっていますのよ。

―ただ、あの子がこの若狭の地で病に臥せっていると耳にして、矢も楯もたまらなくなってしまったのですよ。

いつの間にか、晴明は紫苑の襲の袿の女人と差し向かいで座していた。

「孫かわいさゆえの、愚かなばばのお節介とお許し下さいましね。」

女人はふっくりと笑みを深くした。博雅の笑顔によく似ていた。

「博雅を頼みます。」

女人は丁寧に頭を下げた。再び顔を起こすと、それは厨子の中に立つ観音の像であった。



遅い日が暮れかかる中、保憲と共に寺を後にした晴明は、ふと、

「保憲さま」

「何だ」

「保憲さまは、どのようにして更衣さまのことに気づかれたのです。・・・お局さまがお調べになったことは、予めご承知ではなかったのでしょう?」

「気づいてなぞおらぬよ。亡き兵部卿宮の母御の名など、初めて知ったわ」

晴明の形のよい眉がすうっと引きつった。

「では、一昨日、わたくしに博雅に関わりがあるかもしれぬ、とおっしゃられたのは・・・」

「おれの勘よ」

保憲はしれっと言ってから、晴明の顔を見、

「怒ることはないであろう。当たっていたのだから。言うておくが、おまえを引っ張り出すための方便ではないぞ。」

「・・・そういうことにしておきましょう。」

晴明はわざとらしくため息をついた。

「喰えないお人だ。」

「ははは」

保憲は平気な顔で笑った。



国衙へ戻る保憲と田鶴の局を送り出してから、晴明が寝所へ入ってゆくと、博雅は、夜着に着替え、褥に横になっていた。

晴明を見ると、ぽつりと言った。

「・・・行ってしまわれたのだな」

「ああ」

晴明は短く答え、灯台に火を入れた。

それきり、博雅が黙りこくってしまったので、褥の傍らに寄り、腰を下ろして、

「元気になったら、羽賀寺へゆこう。そこで、祖母ぎみにはまたお会いできよう。」

と優しく言った。

「うん」

博雅はこくりとうなずいた。

弱々しげだった微笑に、少しだけ生気が戻ってきたようであった。



終わり


 も、もしかして、お祖母さま公認、ですか!?

やー、総晴博応援団化にも程がありますねえ、我ながら。(苦)

それにしても、うちの保晴って、ほとんど兄弟弟子漫才。(^^;)



羽賀寺の十一面観音像は、一昨年の秋、瓜割の滝と鵜の瀬を見に若狭に行った時に、電車の時間まで余裕があったので、レンタカーの運転手をしてくれた和泉はるかクンにねだって連れて行ってもらったです。

もちろん、モデルが博雅のお祖母さま、というのは楊某のでっち上げですが、伝説では、羽賀寺の開基を命じた女帝元正天皇をモデルに、行基上人が彫った、とされてますが、平安初期のものと推測されていますので、まあ時期的には合ってるんじゃないかと。

東寺の僧が刻んだ、というのも、羽賀寺が真言宗だから、という理由だけで決めました。

楊某は相当な仏像好きなので、「近くによい仏像がある」と言われると、見に行かずにはいられんのですよ〜。

でも、本当に綺麗な観音さまだったので、近くに行かれる時には是非見に行ってみて下され。お寺自体もすごくいい所です。

交通がちと不便なんですが、観光バスのコースにも入ってたりします。



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