『古今著聞集』第二四四

 

               博雅卿は古えの優れた管弦者であった。お生まれになった時、天から音楽が聞こえた。その頃、東山
              に聖心上人という人があった。天から何か聞こえるような気がして聞いたところ妙なる音楽であった。
              笛二、笙二、箏・琵琶各々一、鼓一の音色が聞こえてきた。世に行われている音楽に似ず、不思議で見
              事であったので、上人は不思議に思って庵室を出て、楽の音が聞こえる方へ行ってみたところ、博雅の
              生まれる所に至った。生まれ終えたところで楽の音は途絶えた。上人は、他の人に語ることはなかった。
              数日を経て、またかの所へ向かって、生まれた児の母に、このめでたい兆しについて語られたということ
              である。


               同人ではすっかりデフォルトになってしまった、「博雅=天に愛でられし存在」の典拠です。いや、私
              も使ってるんだけど。でも、最初に言い出したのは岡野氏なんだよねえ・・・。
               『古今著聞集』自体はいろいろな資料から引用しているものらしいので、博雅誕生にあたって瑞兆があ
              ったという説話は、少なくとも鎌倉時代中期までには成立していたということになります。前に引いた『古
              事談』に見える「博雅は死後は都卒天に生まれ変わった」説は、博雅の死後200年のうちに成立してい
              たようなので、同じくらいの時期には既にあったと見てもよいかしら。


           『古今著聞集』は、鎌倉中期、1254年に成立した説話集です。撰者は橘成季。多くの資料から忠実
              に引用しているそうです。詩歌管弦の道の優れた話など、王朝文化への憧れに満ちているとか。

 

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