『古事談』巻六ノ一八

 

               博雅の箏の譜の奥書のこと

               博雅の三位が著された箏※1の奥書によると、「万秋楽※2について考えるに、序から始めて六の帖で
              終わるまで涙を落とさないことはない。わたくしは、現世でも来世でもありとあらゆる場所でも、箏で万
              秋楽を奏でる身に生まれると誓おう。およそ調子の中では盤渉調※3が特に勝れ、楽の中では万秋楽が特
              に勝れている」ということだ。博雅は、この調子並びにこの楽を愛したことによって、都卒天の外院※4
              に生まれ変わったと『経信卿記』※5には見える。
              


               原作でも紹介された博雅の「肉声」です。著作の『長竹譜』は散逸しているため、博雅の生の声を伝
              える唯一の史料と言えるでしょう。

               で、ここから見える博雅像は、涙もろい感激屋さんで、「来世でも万秋楽を奏でたい」なんていうひ
              たむきな性格の人で、うーん、『陰陽師』の博雅のキャラと余りにもギャップがない・・・。

              ※1 箏とは中国伝来の十三弦の琴で、現在言うところの琴はこれを指します。当時琴といったのは、
              七弦の琴で、平安中期以降すたれてしまったそうです。

              ※2 博雅がここまで愛した「万秋楽」とは、唐楽・盤渉調の曲で、仏世界の趣を現したもの。百済か
              ら伝来した曲です。平安龍笛会で出しているCD「源博雅の龍笛」にも序一帖が収録されています。
              箏ではなく笛による演奏なのですが、確かになにやら切なげな旋律を持った曲です。

              ※3 盤渉調とは、雅楽の一つ唐楽の六つの調子の一つで、盤渉音(十二律の一つで西洋音階のシの音
              にあたる)を主調音とする調べ。

              ※4 都卒天とは兜卒天ともいい、現世である俗界の上位にある欲界の六欲天の第四天。というと何の
              こっちゃ、という感じですが、仏教ではいくとし生ける全てのものは地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、
              天の六道に生まれ変わりを続けるという思想(六道輪廻)があり、このうち最上位の天界は、下から六
              欲天、色界、無色界から成っています。六欲天のうちの都卒天は、内院と外院から成り、内院は弥勒菩
              薩が修行するところで、弥勒浄土ともいい、古くはここに往生することが広く願われていました。
              一方、外院は天人たちが楽しく遊び暮らすところ。『教訓抄』によると、万秋楽とは都卒の内院で、菩
              薩たちが奏でる楽の音をうつしたものだと言われています。

               つまり、博雅クンは死後は天人さまになったっちゅうことですね。何か凄い。

              ※5 源経信(1016〜1097)の日記『帥記』のこと。平安時代中期頃には、このような形で
              楽の仙たる源博雅の原型が成立していたことがわかります。


           『古事談』は、鎌倉初期、1212年から1215年頃に成立した説話集です。撰者は源顕兼。多く
              の古書から集めた説話をまとめたもので、仏教に関するものが多いとのこと。

 

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