ときを越えて

一人杯を傾ける濡れ縁。
見上げた空には、満ちた月が浮かんでいる。
欠けるところのない月はどこか魔を誘うような美しさだった。
欠けないということは、この世の中ではありえないことだから。
やがて欠けるとしても満ちた月は美しい。
・・・そういえば、共に満ちた月を見上げて呪の話をしたことがあったな。
月に例えて、言葉の持つ呪について説明してはみたが、やはりよくわからないという顔をしていた。
あれもこの季節か。
あれから1年が経ってまた同じ季節を迎えようとしている。
初めて2度目の季節を共に過ごそうとしているのだと。
ふとそんなことを思った。
そして、苦笑する。
埒もない。
1年が経ったにすぎないというのに。
ただ、それだけのときを共にすごしただけだというのに。
こんな夜は思い出す。
月の好きな博雅を。
こうやって1年1年共に過ごした記憶を積み重ねてゆき。
こうやって1年1年呪に捕らわれていくのだろう。
・・・らしくもないことだ。
また苦笑し手にした杯を置いたところへ、庭先に人影が浮かび上がった。
「博雅さまが参られます。・・・いらしたらお通ししますか。」
「ああ。・・・そうだな、酒の用意も。」
頷いた式が、また闇に溶ける。
月に誘われたか。
どこか来ることを予期していた気もする。
どこかで待ってさえいたようにも思う。
待つというほどのこともなく、しばらくして式に案内されて博雅がやってくる。
既に濡れ縁には2つ目の杯が用意されていた。
「晴明!」
博雅は、寄ってくると言った。
「月を見ていたら、共に見たくなってな。」
「・・・そうか。」
俺もそう思うていたのであろうな。
口には出さずにそう思うと、月を見上げた。
傍らに腰を下ろした博雅も月を見上げた。
・・・互いの時が果てるまでこうやって共に記憶を重ねていけたらいい。
そんなことを思うほどに呪に捕らわれている自分に気が付いても。
おそらく、これからも過ぎていく1年ごとに、これまで共に過ごした1年のように捕らわれて行くのであろうと思っても。
それでもいいと思えた。
たとえらしくもないことだとしても。
それでもいいのだと。
我に帰ったように視線を落とした博雅を促して、式の用意した杯を共にとり。
「飲もう」
「飲もう」
今宵の月を杯に浮かべて。





あとあがき
月精宮1周年に捧ぐ。
・・・こんなんでごめん・・・。


 
わーわー、さすが、しみじみ、ほのぼのしていて、素敵だよん。
サツバツとした我が家の中で、一服の清涼剤のようだねっ。

ありがとね〜。