THE SECOND STAIN 第17話 第二の血痕

 監督: ジョン・ブルース director...John Bruce

 脚色: ジョン・ホークスワース dramatized...John Hawksworth

 ゲスト: パトリシア・ホッジ(レディ・ヒルダ・トレロニー・ホープ) Patricia Hodge as Lady Hilda Trelawney Hope

      スチュワート・ウィルソン(トレロニー・ホープ) Stuart Wilson as Rt.Honourable Trelawney Hope

      ハリー・アンドリュース(ベリンジャー卿) Harry Andrews as Lord Bellinger

 大英帝国首相と欧州担当大臣が自らベーカー街に足を運んで持ち込んだ事件とは、ヨーロッパ中を戦火に巻き込みかねない、重大な秘密書簡の紛失事件であった。ベーカー街を訪れた大臣の夫人の真の意図は?折りしも、ロンドンで諜報活動を行っていたと目され、書簡を入手している可能性が高いとホームズがマークしていたエドアルド・ルーカスが何者かに殺害される・・・。

 NHK版ではカットされていた冒頭部分、ベリンジャー首相が、ニュースでもお馴染みのダウニング街の首相官邸の玄関で馬車に乗り込む場面がちょっと印象的でした。当然、ロケでなくてセットでしょうが。でも、前々から思ってたんですが、イギリスの首相官邸の入り口って地味ですよねえ。(中は立派なんだろうが)今回のエピソードでも、ホープさんち(ホワイトホール・テラス)の方がよっぽど立派。(いや、ご自宅は立派なお屋敷なんでしょうけど)

 国家の大事に関わる文書の紛失とこれを盗んだと見られる人物の殺人。密接な関係がありそうに見えた二つの事件が、実は無関係に起こった出来事(レディ・ヒルダがルーカスの部屋にいたから、ルーカスの妻が逆上して殺人が起きたという意味では、まるで関係がないとは言えませんが)だったのだが、そこから思わぬ手がかりを得て、真相にたどり着く、という意外性に富んだ巧みなストーリー展開で、グラナダ版でも、ほぼ正典に忠実に映像化されています。ベーカー街を訪れた時の首相やトレロニー・ホープ氏、レディ・ヒルダの様子などは、一挙一投足までが正典を読んだ時の印象通りでした。

 幾つかのセリフの省略や、ホームズのセリフの一部がワトスンに振り分けられているところは別として、細かい異同を挙げれば、正典では、ルーカス事件について、ホームズはずっとレストレイド警部と連絡を取り合っていたことになっていたのが、ドラマでは第二の血痕の謎の場面まで接触していないことになっていた点。あと、正典は、ルーカス事件のことをホームズとワトスンが知ってから、レディ・ヒルダが訪ねてくる、という順番だったのが、グラナダ版では、レディは夫の後をつけてきていたので、首相と大臣が帰ってからすぐにベーカー街を訪ね、レディが帰ってからルーカス事件が明らかになる、という順番になっている点。

 それから、これはかなり大きな変更ではないかと思うのですが、正典では、レディ・ヒルダが文書箱の合鍵を持っていて、それを使って手紙を盗み出したし、ホームズがもとに戻す時も、大臣が帰宅する前にその合鍵を使って戻したことになっていますが、これでは、「政治のことは妻にも漏らさない」という大臣の言葉と矛盾するし、何で合鍵を持っている夫人が疑われないのか、という疑問が起こるし、そもそも鍵持ってるなら、ホームズに言われる前に自分で戻しとけよ、ということになるし、いろいろとおかしな点が出てきてしまいますね。

 そこで、グラナダ版では、夫人は合鍵を持っていず、最初に手紙を盗み出す時は、本人の鍵をこっそり使って開けたことにし、さて、手紙を戻すにはどうしたら・・・と、最後に一つ山場を持ってくる形に変更しています。結局目の前で文書箱を開けさせて、隙を見て中に放り込む、という形になりましたが、個人的にはちと苦しいかな、と。タイミング外すと、「やっぱないじゃん!」てなことになりかねないよう気が。

 レディ・ヒルダも、自分が上流階級の女性と気づかせずに警官に近づいて世間話までした上(かの国では言葉づかいや身なりで階級がバレバレだ、と言いますのに!)、血を見て気を失う演技まで出来るような女性なのに、手紙を取り返していながら、おろおろしてただけ、というのはちと不自然な気もしますね。私だったら、ベッドの下かどこかに落としておいて、「あら、あなた、こんなところにお手紙が・・・」ってやるがなあ。

 というわけで、個人的には、正典もグラナダ版もちょっと尻切れトンボ、という印象が拭えないです。ホームズが「やった!」って飛び上がるラストシーンも、確かにちょっと可愛らしくてよい場面だとは思いますが、ホームズらしくない、という違和感が先立ってしまうし。(にこにこして見ているワトスンは素敵)ホワイトホール・テラスに乗り込んで、夫人を問い詰めるところまでの展開は、非常にテンポよく楽しめたので、惜しいなあと思います。

 首相と大臣がベーカー街で話をする場面で、手紙の内容を伏せようとする首相に対し、若い大臣の方は、最初からホームズにはきちんと手紙の内容を伝えた方がいい、と考えている様子だったのが印象的でした。正典からは読み取れない部分ですし、将来嘱望されてる政治家の割には、ワキが甘いってゆーか、うっかり屋さん?って感じだったホープ氏の好感度がちょっとアップ。(笑)

 やはり一押しは、ゴドルフィン街に来たホームズとワトスンがばったりレストレイド警部に出くわし、慌ててくるっと方向転換するものの、見つかっちゃって声かけられて、わざとらしくにこやかに振り返る場面ですねっ。それと、冒頭、首相と大臣が訪ねてくるってんで、てんてこまいでワトスンとハドスンさんが部屋を片付けてるのに、これまたわざとらしく悠々とホームズはお茶を飲んでいる、その飲みかけのカップをいきなりワトスンに取り上げられる場面。どちらも、グラナダ版らしいアレンジで、好きです。あと、謎が解けて、ホワイトホール・テラスに向かってホームズとワトスンが肩を並べて歩くのを、正面から撮ってる場面が、鳥肌立つほどかっこよかったです。今回、ワトスン、スーツがびしっと決まってて、素敵ですわー。(いや、いつも素敵なんですけどねっ)

 それから、出かけようとするホームズに、ワトスンが「ゴドルフィン街のルーカスには会えないよ!」と新聞見ながら言うところ、正典でも、いつもホームズにびっくりさせられてばかりなので逆に驚かせて嬉しかったらしいワトスンがちょっと可愛くていいんですが、グラナダ版では、「きみが言っていた三人の一人はエドアルド・ルーカスかい」「そうだ」「ゴドルフィン街かい」「そうだ」(はっとして引き返す)「もう会えないよ」「なぜ」「昨夜殺された」というやり取り、「執事は休みを取っていて留守だった」と「家政婦は3階で熟睡していて何も聞いてない」で、ホームズが「いつもそうだ」と合いの手を入れるところが、実にリズミカルで心地よかったですね。

 それにしても、いつもながら、吹き替え版の日本語は本当に素晴らしいですね。今回、特にベリンジャー首相のセリフが、実に風格のある典雅な文語調になっていたのが、個人的に非常にツボでした。

 今回、NHK版のカットはさほど気になるようなものはなかったんですが、一つ気になったのが、ワトスンが、ルーカスの妻が犯人だとわかったいきさつを語るところで、正典でも原語版でも、はっきり妻が発狂している、と言っているのに、吹き替え版では全くその点に言及していなかったこと。おかげで、彼女が捜査線上に浮上するきっかけがよくわからなくなってました。理由は、明らかにコカイン使用場面のカットと同じなんでしょうけど、何だかなあ。以前「ER」で放送中止になって問題になったことがありましたけど、精神疾患の場合、実際に差別や誤解に苦しんでいる人もいるので、一概に「事なかれ主義」と一刀両断してしまうつもりはないんですが、現実にはそういった事件が起こっているのは確かなわけで、問題を覆い隠すのではなく、しっかり議論していくことが大事なんではないかなあ、とその折に思った次第です。そもそも、今回の場合は、どちらかと言うと、夫を殺したショックで発狂した、というのが正しいわけで、削るほどのものでもないと思うのですが。

 ところで、問題の書簡の送り主の某国君主って誰なんでしょうね。最初は単純にドイツのカイゼルよねって思ってたんですが、書簡を盗んだルーカスや名前が挙がってたオーベルシュタイン(「ブルース・パーティントン設計書」に登場するのと同一人物?)はドイツ人ですよね。で、書簡が表沙汰になると、当の送り主も困る、狙っているのはその国の敵だろう、ということなので、ドイツではないことになります。フランスは君主国じゃなくなってるはずだし、とすると、ロシアのツァーリ?

 まあ、こういうことは散々調べ尽くされてて、とっくに定説はあるのでしょうけど。 

 これは全くの余談なんですが、新聞に煙草の火が燃え移っちゃった場面で、ホームズもワトスンも、余り場所を気にせず煙草を吸ってますけど、やっぱり、基本的には石造建築で火事がそれほど怖くないお国柄だからなんですかね。日本家屋だと、あんな場面があったら、障子とか襖に燃え移って、たちまち全焼だよなあ、と思って考えてみたら、日本だと、現代のドラマでも、案外決まった場所でしか煙草を吸ってない気がするし、時代劇ともなると、必ず煙草盆を傍に置いていて、道端で立ったまま一服、という場面はまずないですよね。喫煙場面の表現っていろいろ問題になってますけど、こういう見方で見ると、結構興味深いですのう。

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