メアリ・モースタン(ワトスン)/ジェニー・シーグローヴ Mary Morstan...Jenny Seagrove  「四人の署名」
                                                              「唇のねじれた男」(原作)、
                                                              「ボスコム渓谷の惨劇」(原作)

 悲嘆にくれている人々は、よく、灯台に集まる鳥のように、妻のところに相談にくるのである。 (「唇のねじれた男」)

 フォレスタ家に勤める家庭教師。整って美しい、というわけではないが、愛らしく人好きのする顔立ち。(と夫が書いている)不幸な生い立ちだが、つつましく穏やかな人柄。ホームズも一目おく聡明さ。原作ではワトスンと結婚したが、「最後の事件」と「空き家の怪事件」の間に亡くなったと見られている。


 ホームズ物語の女性としては、アイリーン・アドラーに負けず劣らず、重要人物でしょう。何しろ、諸説入り乱れている中で、唯一正典で存在の確定しているワトスン夫人なのですから。(笑)

 ワトスンの結婚歴については、正典の記述を素直に読めば、2度と考えるのが自然でしょう。1888年のメアリとの結婚が初婚で、1894年の出来事についての「空き家の怪事件」の中の「私の不幸」というのが、彼女との死別と読むのが妥当ではないかと思います。そして、その後、1903年に、「白面の兵士」の中で「当時、わが善良なるワトスンは、別のところに妻と所帯をかまえていて、われわれの長いつきあいのなかでも、彼が私を無視して勝手な行動をとったのは、後にも先にもこのときだけだった。要するに、私はひとりぼっちだったのである。」と、ホームズが情けなくもグチっているように、再婚(その相手についても、諸説ふんぷん)した、ということになるのでしょう。日本では、ベアリング・グールドによる3度(メアリの前に1度結婚していた)説が有力だということなんですが。その辺がよくわからない。

 「四人の署名」での彼女の描写は、恋人(ワトスン)の目から描いているという形(要するにおのろけ)をとっているために、とても優しい印象を残すものです。ストーリー自体は大変サツバツとした内容なので、彼女の存在は一服の清涼剤、欲望や復讐、植民地の憎悪といった暗いドロドロした世界の中で、メアリの周囲だけは、穏やかな光が灯っているかのようでした。

 ちなみに、「四人の署名」のラストで、ワトスンがメアリとの結婚を報告した時、ホームズが「おめでとうというワケにはいかない」と腹を立てた理由、私も「ワトスンを取られるから」に1票入れたいと思います。(笑笑)


 エピソード紹介で詳しく述べますが、グラナダ版の「四人の署名」では、メアリはワトスンと結婚しません。そのためか、メアリのキャラクターも、かなり原作のものとはずらしてあるようです。

 メアリを演じたジェニー・シーグローヴは、美しく気高い感じの女性ですが、原作の繊細で可愛らしいメアリとは、明らかにイメージが違います。そもそも、メアリは小柄で華奢なはずなのに、シーグローヴは、ワトスン役のハードウィックより背が高かった(笑)ような印象があります。また、原作では、地味でつつましい身なりとされているのに、グラナダ版のメアリは、豪華なボアのついた、真っ白なコートが印象的だったり、鮮やかなブルーのドレスを着ていたり、と、かなり服装が華やかです。これは、他のエピソードに登場する若い女性家庭教師たちと比べても、目立ちます。

 このような原作のイメージとのズレは、恐らく、原作とは違い、家庭に入らなくても自立して生きていけるだけの力のある女性として、メアリを描いたためではないでしょうか。原作とは違い、ジョナサン・スモールと対面し、その告白を、ホームズたちと共にじかに聞くようになったのは、父の死にまつわる陰惨な秘密に直接立ち向かえるだけの強い女性であることを示すためではないかと思われます。

 原作のメアリも、しっかりした女性として描かれてはいますが、やはり、雇い主のフォレスタ夫人や、ワトスンに保護されているイメージがどうしても強いですよね。

 ラスト近く、ベーカー街を辞そうとして手袋をはめながら、窓越しに連行されて行くスモールの姿をじっと見守っている姿が印象的でした。

 

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