アイリーン(エレーナ)・アドラー/ゲイル・ハニカット Irene Adler...Gayle Hunnicutt  「ボヘミアの醜聞」

 彼がエレーナ・アドラーを語る時、彼はいつもある種の尊敬を込めて、「あの女(ひと)」と呼ぶのだった。 (NHK日本語版)

 アメリカ出身のオペラ歌手。声域は女声最低音=アルト。「男が命をささげげもしそうな」美女。勇気と度胸があり、頭がキレる、デキる女。まんまとホームズの裏をかいた。ホームズにとっての、「ただひとりの女性」。趣味は男装。アルトだと、美少年役を歌うこともあるので、そのせいか。


 ホームズ物語の女性と言えば、真っ先に名前が挙がるのが彼女。ホームズが、高価な指輪より「価値ある物」として彼女の写真をボヘミア王に所望し、ワトスンが、彼女のことをホームズにとっての「ただひとりの女性」と書いたり、更に敬意を込めて「あの女(ひと)」と呼んだりするので、彼がアイリーンを愛していた、と見る説が専らのようですね。一方でワトスンが「恋愛にちかい感情を抱いていたわけではない。」と書いているのにも関わらず、です。中には、二人が愛し合っていたことにまでしちゃって、彼らの間に生まれた子ども(いつ、そんな暇が)まで登場しちゃうパスティーシュまであったりして。要するに「ホームズの恋人」というイメージになってしまっているようです。

 もちろん、ホームズにもロマンスを、と願うなら、美しい上にホームズに劣らない頭脳の持ち主であるアイリーンは、ホームズの恋人としては理想的でしょう。逆に、アイリーンの夫ゴドフリー・ノートンが、傲慢な感じで余り印象がよくないので、ホームズの方が彼女にふさわしいということにもなるのかもしれません。

 しかし、正典の記述に忠実である、とする立場からすれば、やはり、ホームズがアイリーンに抱いていたのは、恋愛感情ではない、と、見るべきではないかと思います。

 ホームズにとってのアイリーンは、自分が見下していた女性の身でありながら、見事自分を打ち負かした優れた人物であり、彼女に対する気持ちは、あくまで「敵ながら、女ながら天晴れ」というものだったのでは。そして、アイリーンの写真を望んだのは、「女だと思って甘く見た。」自分への戒めの意味と、「高価な宝石なぞ、自分には大して価値のあるものではない」(結局、もらったんだけど)という意志表示だったのではないでしょうか。

 そもそも、アイリーンの方に、ホームズを愛するような理由がないと思うんですよね。ボヘミア王とか、ゴドフリー・ノートンのようなタイプが好みとすれば、ホームズは明らかにタイプじゃないですよね。(笑)優れた男性たちがしばしばそうであるように、多く優れた女性というものは、つまらない男に引っかかってしまうものなのです。それに、人の善意につけ込むようなホームズのやり方に、アイリーンが好感を持ったとも思えません。皮肉たっぷりな置手紙や、後をつけてわざとらしく声をかけ、「そちらの手の内なんかお見通し」と言わんばかりの態度からも、彼女の気持ちを察することが出来るのでは。


 グラナダ版は、どうやら、ホームズは、アイリーンに恋愛感情を持っていた、というスタンスのようです。詳しくは、エピソード紹介で述べたいと思いますが、ゲイル・ハニカットは、気品のある美しさと、凛とした強さを併せ持った、魅力的なアイリーン(エレーナ)でした。特に、男装姿が凛々しくて様になっていたのがよかったです。冒頭、侵入者に銃を向ける場面(ドラマのオリジナル)が、本編中のホームズの化けた老牧師を介抱する女性らしさとの落差があって、アイリーンの個性を際立たせる効果があったと思います。

 

INDEX コラムINDEX 戻る